第30章 好きと苦手
琴音はそんな義勇のことなどお構い無しで犬を可愛がっている。
「お腹空いてるの?」
犬はキュウンと小さく声を上げた。
琴音は「おいで」と声をかけて、道の脇の方へ犬を連れて行った。蝶屋敷で持たせてもらった晩御飯用の鮭おにぎりを取り出して犬にあげた。
犬はすぐさまぺろりと食べて、すんすんと琴音の匂いをかぐ。
「うん。まだあるよ。バレちゃった?ふふ」
琴音はもう一つおにぎりを犬にあげる。
すると犬はそれを咥えて、尻尾を振りながら道の脇の方へと消えていった。
琴音は立ちあがって義勇の所へと戻ってきた。
「おにぎり持ってったよ。どこかに子どもがいるのかも。お母さんなのかな」
「…………晩飯」
「あはは、ごめん。あげたのは私の分だけだから、義勇さんのは大丈夫だよ」
義勇は少しムスッとしている。
「それにしても、犬が苦手だとは。水柱様にも苦手な物がありましたか」
「…………」
「猫も駄目なの?」
「動物は好きではない」
「酷い!寛ちゃん泣くよ」
「鴉は別だ」
「さては噛まれたことがあるんでしょ」
「…………」
「犬嫌いな人はだいたいそうだよね」
「…………」
「手?頭?」
「…………尻」
まさかの後ろ傷。
意外すぎるその答えに琴音はブハッと吹き出して、笑ってはいけないと思いながらも笑いで肩を震わせてしまう。
義勇がお尻を犬に噛まれる姿がどうしても想像できない。
「子どもの頃だ」
「そっか。でも皆が噛むわけじゃないのに」
「噛まれてないからそう言えるだけだ」
「え?私も噛まれてるよ?」
そう言って袖をめくる琴音。
「傷残ってるはず……どれだろ」
自分の細い腕をマジマジと見つめた。
「近所の犬とよく遊んでたの。二匹。その子たちにたまに噛まれてた」
「噛まれたのに、好きなのか」
「うん!大好き!」
笑いながら琴音はそう言う。
「きっと多分私がしつこく追いかけたり、嫌がることしちゃったんだよ。子どもだったし。だからあの子たちじゃなくて私が悪いの。義勇さんもそうだったんじゃない?」
「俺は一方的に追いかけられて噛まれた。俺は何もしていない」
「あらぁ……それはそれは」
琴音はクスクスと笑う。義勇はまだ憮然としていた。