第30章 好きと苦手
「歩けるか」
「うん。沢山お世話してくれてありがとうね。迷惑かけてごめんね」
「気にするな」
義勇は琴音の手を取る。
最近、よく繋いでいるなと思った。
「蝶屋敷との往復も大変だったでしょ」
「別に」
自分がしたくてやったことだから
何の苦もなかった
迷惑など何一つかけてない
お前のそばにいられて良かった
申し訳無さそうな顔をする琴音に言いたいことはいろいろあるのに、何をどう伝えたらいいのかわからない。
「問題ない」
迷いに迷って、結局その一言のみ発する。
琴音はにこりと笑って「ありがとう」と言った。
いつも少ない言葉の中で義勇の想いを理解してくれる彼女。甘えているとわかっていながら、それをありがたいと思う。
義勇は彼女の手を優しく握り直した。このかじかんだ手を温めてやろうと思った。「ふふ、あったかいねぇ」と嬉しそうに琴音もきゅっと手を握り返してくれる。
暗くなっていく道を、家へ向かって二人で歩いた。
突然、道の脇からガサッという物音がして、二人は反射的に身構えた。隊士としての習性だ。
義勇は琴音を背に庇う位置に立っている。
「ん?ありゃ」
しかし琴音が呑気な声をあげた。
そこにいたのは小さな犬だった。
野良犬のようだが、琴音たちに向かって尾を振っていた。
「可愛い」
琴音はにっこりと笑って犬に近付くが、「よせっ!」と義勇は琴音の手を強く引いた。
なんで?と不思議そうに振り返る琴音は、義勇が冷や汗を流しているのを見た。
犬は人懐っこいようで、てててと二人のそばへと歩いてくる。義勇が息をのむのがわかった。
「義勇さん、もしかしてわんちゃん苦手なの?」
「――…っ!」
「あはは、意外だね」
「…………」
「大丈夫だよ。この子、大人しそう」
「……おい、琴音」
琴音は義勇の手を離して犬の前に座り、頭を撫でた。犬は嬉しそうに目を細めて撫でられている。
義勇は手を出すことが出来ずに、じりじりと後退りながら距離を取って様子を見ている。今すぐここから離れたいという思いと、もし琴音に何かあったらすぐに助けないとという思いが交錯していた。