第30章 好きと苦手
帰宅する前に琴音の顔を見に部屋へ寄った。
彼女は起きており、やや虚ろな目を義勇に向ける。
「……稽古?」
「ああ。終わったら夜にまた来る」
義勇は琴音のそばに座って手を握る。
「大丈夫?大変じゃない?」
「問題ない」
「……無理しないでね」
「出来るだけ早く来る。しっかり寝ていろ」
「はい」
「いってくる」
「いってらっしゃい」
義勇は柔らかく微笑んで部屋を出ていった。
目眩が酷い琴音は、とりあえず目を閉じた。そのまま意識を手放す。
とにかく寝るしかないのだ。きよたちが何度か点滴を取り替えに来たが、ほとんど起きることなくこの日は眠り続けた。
義勇が鍛錬終わりで蝶屋敷に駆けつけると、琴音は目を覚ました。朝よりはっきりしているその表情に安堵した。
「お疲れ様です」
「ああ」
義勇は琴音のおでこに手を当てた。昨日は体温が低かったが、今は発熱しているようだ。
「熱い」
「ん……、ちょっとね。へへ」
「ちゃんと寝てたのか」
「うん」
義勇はそばにあった手桶に手拭いを浸し、おでこに乗せてやる。
「ありがとう」
義勇は熱で赤くなっている琴音の頬に唇を寄せた。琴音と義勇が微笑み合っていると、食事が運ばれてきた。
義勇は慌てて琴音から身体を離し、食事を受け取って礼を言った。
「熱が高いのだが、大丈夫なのか」
「貧血にはよくあることなので」
「何とかできないのか」
「こればかりは、休息を取るしか……」
「そうか」
「お粥、少しでも食べさせてください」
「了解した」
義勇は琴音の身体を少し起こしてお粥を食べさせる。二、三口食べたところで「もういらない」と琴音は言ったが、義勇は「駄目だ」と言って食べさせる。
琴音がぷいっと横を向いてしまったので、義勇は匙の粥を自分の口に含み、琴音に口付けをした。
「んっ……」
義勇が口の中で、舌でお粥を琴音の口にねじこむ。琴音は口に入れられたお粥を飲み込んだ。
「ぷはっ、……ちょっと義勇さんっ」
「ちゃんと食べないなら全てこうして食べさせる」
「…………」
琴音は小さく口を開けた。
義勇は「いい子だ」と声をかけてお粥を食べさせていく。