第30章 好きと苦手
翌朝義勇が目覚めると、琴音がぼんやりとした顔で自分を見ていた。
驚いてガバっと身を起こす義勇。
「琴音っ!」
琴音に向けて手を伸ばして頬に触れると、彼女は力なく笑った。
いつも朝は義勇の方が先に目覚めるので、逆のパターンはなんだか不思議な感じがした。寝ているところを見られていたと思うと少し気恥ずかしかった。
「身体、どうだ?水飲むか?」
義勇が聞くと小さく琴音が頷いたので、吸い飲みで水を飲ませてやる。
「……ずっと居てくれたの?」
かすれた声で琴音が義勇に聞いた。
「ああ」
「ありがとう」
弱ってはいるが、ちゃんと生きていることに義勇は安堵した。手を握って確かめる。
「誰か呼んでくる」
「ん」
義勇は起き上がって髪をくくり、アオイたちを探すために部屋を出た。きよを見付けて声をかけ、琴音が診察されている間は外で待つ。
……良かった。戻ってきた
廊下にもたれながら待っているとしのぶも来た。
義勇に会釈をして部屋に入っていく。
しのぶは部屋から出てくると義勇に目配せをして、診察室へと連れて行った。
「琴音の血は順調に精製されています。量も十分だそうで、かなり良質な血清が出来そうです」
「あいつの容態は」
「まだ血圧が安定しません、が想定の範疇です。引き続き増血剤を使いますが、効果が出るのには少しかかるでしょう」
「…………」
「今夜もこちらでお預りします」
「……ならば、また泊まりに来る」
「だからうちは宿屋では」
「すまない。出来るだけ迷惑をかけないようにする。飯もいらない」
必死な顔をする義勇に、しのぶは笑った。
「忙しいあなたに倒れられても迷惑です。ご飯も一人分増えたところで問題ありません。鍛錬が終わり次第お越しください。湯浴みくらいはお家で済ませてきてくださいね」
「……感謝する」
「いえ。琴音の為でもありますから」
「?」
「安心出来る環境の方が早く治るので」
しのぶは義勇に「もういいですよ」と声をかけ、机へと身体を向けた。
義勇は診察室を出ていった。