第29章 そっと、ずっと
義勇は帰る前に宇髄に挨拶をしに行った。
「派手派手に喧嘩してたなぁ」
「……迷惑をかけた」
「いやいや、珍しいもん見れたぜ」
「見せ物ではない」
「人ん家で接吻してんだ。見られても文句言えないだろ」
「…………」
義勇はやや憮然としながら、それでも痴話喧嘩に巻き込んでしまったことを申し訳なく思った。
「あいつの帰宅は明日か」
「ああ」
「なら今夜中に口説かねえとな」
「…………」
「嘘に決まってんだろ。殺気出すなよ」
宇髄は、普段見ない義勇の姿を完全に面白がっている。
「あいつがいてくれることで隊士の士気も上がってたし、返したくないのが正直なところだぜ」
「返せ」
「まあ、あいつが帰るって言うんなら仕方ねぇ。嫁たちが寂しがるな」
宇髄は髪をかきあげて、残念そうな顔をした。
「琴音が世話になった」
「いや別に構わねぇよ」
「では、失礼する」
「おい、冨岡。しっかり休ませてやれよ。あいつ体調万全じゃないだろ」
「わかってる」
「媚薬とか使うなよ」
「…………失礼する」
義勇は目を細めながら冷ややかな視線を宇髄に向けて、宇髄宅を後にした。
しっとりと濡れている隊服を触り、沢山泣かせてしまったと反省する。
杏寿郎に『泣かせるなよ』と言われたのに。
だが、己にしては頑張ったのではないかと思う。
今までずっと強くなることに必死で、誰かをこの手に繋ぎ止めるために奮闘するなどということはなかった。
そんなの、考えたこともなかった。
……人は変わるものなのだな
家までの帰路を、一人で歩く。
ここ数日、ずっと焦りが心を占めていた。それがようやく消えて、義勇にしてはゆっくりと歩くことが出来た。心も穏やかだ。
……大事にしよう。もっと。辛さをもってしても、また俺を選んでくれたあいつに応えるためにも……
大きな戦いの前に、恋情の縺れてごたついている場合じゃないとも思う。
それでも、今までの自分に欠けていた『人を恋い慕う気持ち』というものは、きっと戦いの中にあっても重要で、それを知った自分は前より強くなったのではないか――などとぼんやり考えていた。