第29章 そっと、ずっと
義勇は少し前かがみになって琴音に言う。
「俺を殴れ」
「……え」
「力一杯引っ叩け。今度は避けない」
あの時反射的に止めてしまった平手打ち。それで許されるとは思っていないが、琴音の気が多少でも済むのなら、と思った。
「………思いっきりいいの?」
「ああ」
「私、柱だよ」
「承知している」
義勇の顔は真剣だ。
「目ぇ、閉じときなよ。眼球飛ぶかも」
琴音に言われて義勇は目を閉じる。
恐れもなにもない。痛みをすべて受け入れようと覚悟をした。
琴音が風を切って手を振り上げる音が聞こえた。
しかし、いつまで経っても痛みが来ない。
不思議に思って目を開けると、琴音は振り上げた手を震わせて、口をきゅっと一文字に閉じていた。
「琴音」
「今更、叩けるわけないでしょ!」
琴音は手を下ろした。そして、うわぁぁぁんと声を上げて泣いた。
好きな人を叩くことなどできない。
怒りで頭が沸騰していた時とは違う。今叩いても、お互いの心が痛むだけだ。
うずくまって泣きじゃくる琴音。
義勇はその身体を抱きしめた。
「触んないで!」
琴音が義勇の胸を押すが、腕に力を込めて離さない。
「ごめん」
「…うっく、……ひっく、何がごめんよ!」
「ごめん」
「うわぁぁぁん……」
「ごめん」
「何で油断したのよ!避けれたでしょ!柱のくせに、油断して、唇奪われて、何してんのよ!すぐに離れなかったし!馬鹿!ばか岡!」
「……ごめん」
「ごめんごめんって、男が簡単にぺこぺこ謝るんじゃないわよ!」
「………ごめん」
琴音は義勇の胸で泣きながら、盛大に文句を言い始めた。義勇は彼女を離すまいと抱きしめながら、ひたすら謝り続けた。