第29章 そっと、ずっと
琴音はスッと右手を出した。
「薬を」
「……え」
「説明を聞いて、事情はわかりましたので。もう結構です」
「…………」
「薬をください」
義勇は焦る。
どうやら琴音は許してくれないようだ。ここで薬を渡してしまったら用済みとなって帰されてしまうのだろうか。
「夜月……」
「なんでしょう」
「俺はどうしたら許される」
「……さて。私にもわかりません」
「…………」
『破局』の二文字が義勇の脳に浮かんだ。
「嫌だ」
「…………」
「俺は、お前を離したくない。絶対に」
「…………」
「俺は……っ、」
義勇は自分の手を握りしめた。
言葉が足りず、上手く喋ることが出来ない自分がもどかしい。
もっと上手く説明ができたなら。感情を言葉に乗せて、謝罪や愛を紡ぐことができたならどんなにいいか……
眉を寄せ、奥歯を噛みしめる。
義勇のこんな顔を見るのは、琴音も初めてだった。
彼も苦しんでいるのだとわかる。
「……意地悪しすぎたね」
ふう、と一息吐いて、琴音が薄く笑った。
「ごめんなさい。あなたが悪いわけじゃないって、本当はわかってた」
「琴音」
「ただの私の我儘と嫉妬。ごめんね」
「違う!お前こそ何も悪くない」
苦しそうに微笑む琴音に、義勇は辛くなる。
「もう怒ってないよ。……悲しいだけ」
「…………」
「あなたはいい男だから、言い寄る女性は山程いる。こういう事もあるよね。うん。そりゃそうだ」
「……琴音」
「たかが接吻くらいで……ねぇ」
「…………」
「こんなに怒るなよって感じだよねぇ。浮気されたわけでも…ないのに」
「…………」
「呆れ…ちゃうよね、……自分でも、…っ馬鹿みたいって……思うよ、本当」
声が震え、琴音の目に涙が浮かぶ。自嘲気味に笑って、指の端で涙を弾いた。
義勇が琴音に向かって手を伸ばす。彼女は体をすくめて、反射的にその手を避けた。ビクッと体を揺らしたことで、彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
それを見て、義勇は手を下ろした。