第4章 好きなもの
義勇は黙ったまま、琴音の髪を結ってやる。櫛もないし久々なので少し難しかったが、彼女がいつも縛っているくらいの位置で一つに纏めて縛る。
「……ん」
「ありがと!わ、上手いんだね、冨岡。意外だなぁ」
「…………」
「あ、鏡ないから自分で見えないや。どう?似合う?」
「わからん」
「あはは」
琴音が笑うと、紐についたトンボ玉が揺れた。
義勇は水色の紐を見つめる。
大して高くもない、結紐。もっと高くて派手なものもあったのに、彼女は迷わずこれを選んだ。
「悪くない……と、思う」
「わ!それ、冨岡の最大の褒め言葉だよね!」
「…………」
「ありがとう。この紐、すっごく気に入ったよ。大切にするね。私が死んだら一緒に棺に入れて」
そう言って、彼女は立ち上がった。
「そろそろ帰らないと」
義勇も立つ。
「じゃ、またね、冨岡」
「ああ」
「ご飯も付き合ってくれてありがとう」
「ああ」
琴音は義勇に手を振って歩き出す。
去っていく彼女に背を向けて、義勇も歩き出した。
……こんなところを誰かに見られたら、誤解を受けてまた噂をされるな
手を繋いで小間物屋に行くなど、見る人によっては完全に逢瀬だろう。もっとも、店主には兄妹に見えていたようだが。
『ありがとう、お兄ちゃん』
琴音の言葉を思い出す。
末っ子の自分は、今まで兄と呼ばれたことはない。もし妹がいたらこんな感じなのだろうか。
『冨岡は何色が好き?どんなお花が好き?』
考えたこともなかった。
服なんて、だいたい紺か黒。大きさが合うものを選んで、柄なんて気にしたこともない。もちろん派手すぎるものなどは選ばないが。
紐に装飾されていたトンボ玉の花も、何の花なのかわからない。
「好きな、もの……」
琴音は自分の好きなものがはっきりしているようだ。だから迷わずに即決する。
鍛錬が好き、薬学が好き、そして、人が好き。彼女の行動は「好き」が基盤となっていて、それ故全力で頑張ることも楽しむことも出来ている。
「俺は……一体何が好きなんだろう」
義勇は歩きながら小さな声で呟いた。