第29章 そっと、ずっと
「……ふぅん。『琴音』ねえ」
「??」
「お前、普段あいつのこと琴音って呼んでんの」
「!」
義勇はまたハッとした。焦ってつい名の方で呼んでしまった。外では気を付けていたのに。
「お前が女子を下の名で呼ぶのは初めて聞いたぜ」
「…………、琴音だけだ」
「お。開き直りやがった」
宇髄はくくっと笑った。
「嘘だよ」
「………?」
「別に、あいつはお前に会いたくないなんて一言も言ってない。追い払え、ともな」
「そうなのか?」
「ああ。まあその手の話をしてないから、実際お前との面会を受け入れるかはわかんねぇけどよ」
「……………」
「こうして俺ん所に逃げて来てることを考えれば、まず間違いなく会いたくはないんだろうけどな」
「……………」
「俺が勝手にお前にムカついてただけだ。絶対に冨岡が悪いのに庇ってる感じとか、一人になると悲しそうにしてるところとか見ちまうとな」
「……泣いていたか」
「泣きはしてねぇけど。あいつは泣かねぇだろ?」
やはり他から見た彼女の認識は、それだ。
辛くても泣かない女の子。
自分も以前はそう思っていた。
「……違う」
「あ?」
「違うんだ」
「……………」
「琴音と話をさせてくれ。……頼む」
義勇は頭を下げた。
その行動に宇髄は驚いた。
「別に、それは俺が決めることじゃねえよ」
少し戸惑いながら頭をかく。
「まあ、今日の鍛錬も終いだ。客間で待ってろ。『秘薬』とやらのことも含めて琴音に声をかけてやる。会うかどうか決めるのは、あいつだ」
「すまない」
義勇は隊士に見つからないように、宇髄の屋敷へと入っていった。
宇髄は、せわしなく動き回って隊士の世話をする琴音をじっと見つめた。
「……お前は本当はよく泣くのか?我慢ばっかりしやがって。ガキのくせに」
そう呟いた宇髄は、音もなく琴音の背後に姿を表した。驚いた琴音に「それやめてください!心臓に悪いですっ!」と怒られていた。