第29章 そっと、ずっと
「あの琴音に男か……俺も歳を取るはずだ」
「…………」
「泣き虫で我儘なところは相変わらずのようだな」
「……今回は…俺が悪い」
「それはそうだが。ここまで怒らずとも。なぁ?」
「…………」
「手間をかけさせてすまない」
「いえ」
男が頭を下げてきたので、義勇も慌てて頭を下げた。
「仲直りできたら、また来ます」
「そうしてくれ。二人でな」
義勇は薬を胸ポケットに入れて立ち上がった。
「大事な薬だ。確実にお前の手で届けてくれ」
「必ず」
「弟子を頼む」
「はい。感謝します」
義勇はペコリと頭を下げて家を出て、山を下る。帰宅する頃には夜明けだなと思う。
今夜も見付けられなかった。
でも近付いているとわかる。
義勇は新たな行き先を考えながら家へと急いだ。
帰宅し、しばしの仮眠をとった。流石の義勇も二晩の徹夜はしんどい。
起きたらまたすぐに稽古が始まった。
疲れた体に鞭打って、隊士を指導していく。
そしてその日の稽古終わりで、義勇はある場所へと向かった。
もう一つあったのだ。琴音の行ける場所が。
人里離れた所にある大きな屋敷に義勇は来た。
ここは鍛錬中の隊士があちこちにいるため警戒が必要だ。義勇は気配を消して屋敷に近付き、家の裏からそっと近付く。
疲労困憊で倒れている隊士を介抱している琴音を見付けた。
げえげえと吐く隊士の背を擦っていた。
……やっと見付けた
そう思って心底ホッとした瞬間、背後から声をかけられた。
「ここに何しに来た、冨岡」
殺気を含んだその声に、背筋がヒヤリとした。
「……宇髄」
「よくここだとわかったな。だが、琴音なら返さねえぞ」
そう。
琴音の逃亡先は宇髄宅であった。
初めに男の柱を除外してしまった義勇だったが、宇髄家には嫁がいる。一人暮らしではない。
それに、なんだかんだ軽口も叩くが、宇髄は自分の命より嫁の命を優先しているような男だ。琴音からの信頼も厚い。
遊郭での宇髄の怪我以来、彼女はよくここへ足を運んで治療をしていた。宇髄の嫁達とも非常に仲が良く、時折甘味処に行っているのも知っていた。
何故もっと早く思い至らなかったのかと悔やまれる程だった。