第29章 そっと、ずっと
「あの子は優しい子だが、めっぽう頑固だ。怒ったり拗ねたりするとなかなかに面倒くさい。今、こうしてお前から逃げているのなら、それは『絶対に会いたくない』という意思表示だ」
「はい」
己との接触をがっつり拒否られていることを、改めてデーンと突きつけられて、義勇は落ち込む。
「居場所を特定して会いに行っても、おそらく会ってもらえない。下手をするとまた違うところに逃亡してしまう。……あいつは、本当に本当に頑固なんだ」
何かを思い出すように、ため息混じりで男は遠い目をした。それを見て、この人も相当苦労したのだなと義勇は思った。
「だが、これを持っていけば話は別だ」
「……これは?」
「お前、いいときに来たな。運を持っている」
男はくくっと笑った。
「これはな、琴音が欲しがっている薬だ。ずっと前から俺に依頼していてな。あいつは今、これがどうしても欲しいはずだ」
「薬……」
「はは。安心しろ、危ないもんじゃない。詳細は言えないが、『秘薬』と言えばあいつにはわかる。ちょうど出来たところでな。あいつに連絡しようと思ってたんだ。取りにこさせる手間が省けた」
「…………」
「これを持っていけ。絶対に会ってくれる」
男は手のひらサイズの木箱を義勇の手に握らせた。義勇は手の中の薬をじっと見つめた。
「いいのですか?」
「何がだ」
「これを取りに来た夜月に、あなたは直に会いたかったのでは?」
「………ははは」
「…………?」
「いいんだ。琴音は、今は俺に会うよりお前に会った方がいい」
「……しかし」
「要らないなら返せ」
「要る」
即答で答える義勇を見て、男はまた笑った。
「お前は、優しい男なのだな」
「…………」
「人の気持ちがわかるのは優しい人間だ。かなり陰気臭いし、喋らないけどな」
「…………陰気臭い」
「明るいあの子と不思議と釣り合うのかもしれん。共に居て、楽なのだろう」
「そう…なのだろうか」
「あの子が惚れるのも、少しわかる気がする」
男は穏やかな笑みを浮かべながら、また遠い目をした。
義勇は、ここで過ごした彼女の時を想う。