第29章 そっと、ずっと
義勇は部屋で頭を抱えた。
こんな逃げ方で出ていったのだ。行き先はおそらく蝶屋敷でも煉獄家でもない。そんな場所ならすぐに義勇に見つかってしまうからだ。
琴音は賢い。
本気で逃げられたら見つけようがないのでないかと思う。
だが、諦めるわけにはいかない。
琴音は今、安静中だ。野宿等を選ばずにどこかに泊まると考えられる。
となると、やはり可能性が高いのは柱の家だ。
そして琴音は男の一人暮らしの家には基本的には行かない。
そうなると、蝶屋敷でないのなら甘露寺の家となる。仲の良い甘露寺なら琴音の話を聞いてくれるだろうし、匿ってくれるだろう。
だが、もう時間が遅い。これから甘露寺の家にいくとなると夜中になってしまう。夜に女の家に行くわけにはいかない。
それに明日はまた稽古だ。もちろん甘露寺も稽古をしている。自分のために隊務をおろそかにしたとあっては、また琴音の怒りをかうかもしれない。
義勇は甘露寺のところは諦めて、別の可能性を考える。そして一つ浮かんだ場所があった。
琴音の育手の家だ。
しかし場所の詳細がわからない。産屋敷なら場所がわかるのだろうが、あまりおおごとにするのも良くないだろう。
昔ちらりと聞いた感じだと、どこかの山の中だったはず。体調が悪い彼女が山を登るだろうか。
「くそっ……」
義勇は悔しそうに呟いた。苛立ちからか、珍しく感情を顕にしている。
「寛三郎」
義勇は取り敢えず寛三郎に近場にある藤の花の家紋の家を調べてもらうことにした。
「こんなことを頼んでしまってすまない」
「気ニスルナ」
義勇は申し訳無さそうに鴉の頭を撫でた。
寛三郎は夜の闇の中に飛んでいった。
義勇は寝られる気がしなかったので、外に出て見廻りがてら琴音を探す。こんな闇雲に探したところで見つかるはずないとわかっているが、じっとしてなどいられない。
夜明け頃屋敷に戻る。
琴音が帰ってきてくれているかもしれないという淡い期待を抱いたが、やはりそんなことはなく、家の中は静かだった。
義勇はため息をつきながら風呂に入り、眠らないままに稽古の支度をした。