第29章 そっと、ずっと
稽古が終わって琴音の様子を見にいくと、彼女は人形を抱いて寝ていた。
呼吸も比較的安定しており、ホッとする。
愛しい人が手の届く場所に居るという幸せ。義勇は顔をほころばせた。
千代に確認をすると、彼女は何も食べていないとのことだった。丁度夕餉の時間だったのでお粥を頼んで琴音を起こしに行く。
「起きろ、夜月」
「………んん」
「おい」
「やだぁ」
毎回のことながら、琴音は無意識下で起床を嫌がって愚図る。
義勇は布団を捲り、人形を取り上げた。
「あー……」
「起きろ。ほら」
「やぁー」
「嫌じゃない」
義勇はよいしょと彼女を抱き上げた。
膝の上に座らせて背中をとんとんと叩いた。まだ半分程寝ている琴音の頭がこてんと義勇の肩に乗った。
なかなか起きない琴音を、少しため息を付きながらぎゅっと抱きしめた。
ぼんやりする頭で、義勇のため息に気付いた琴音。ゆっくりと手を伸ばして義勇の背に手を回した。
「起きたか」
「ん……」
「…………」
義勇は黙って彼女の顔を覗き込む。ややとろんとした琴音と目があった。
「義勇さん、何かあった?」
「……え」
「なんだかしんどそう」
「…………」
「辛いのかな。よしよし」
琴音は背中に置いていた手を義勇の頭へと回してそっと撫でた。義勇にはなんだかよくわからない。
「稽古、お疲れ様。頑張ったね」
琴音は優しくそう声をかけてくれた。
そこでやっと義勇は気が付いた。自分は疲れているのだと。
人に稽古をつけるなど、明らかに自分の不得意領域だ。うまくやれているとも思えない。実際、やれていないだろう。
ここ数日、知らず知らずのうちに心労が溜まってきていたのだ。
「義勇さんの頑張りが、少しでも伝わるといいね」
「……ああ」
義勇は俯いて、小さな声で答えた。
慰められることを情けないと感じながらも、今はそこに縋って癒やされたいと思った。
言葉が足りない己の想いをわかってくれる琴音に感謝する。
琴音の小さな肩に頭を預けて目を閉じた。温かさに心が安らぐ。
琴音は義勇が顔を上げるまで、優しく髪を撫でてくれた。