第23章 上弦
仮眠から起きると琴音は稽古着に着替えて道場で鍛錬を始めた。義勇は安静期間中なので、相手をしてやれない。
重りをつけた木刀をひらすら振るう琴音。息が上がっても止めない。何時間も何時間も木刀を振って、片膝をついた。
「まだだ…もっと……強くならなきゃ……」
そう呟くと、彼女は縁側から庭へ出て、そのまま山へと走っていってしまった。義勇はその姿を見送った。
山の中で琴音は、玖ノ型・煉獄を連発していた。本来連発するような技ではない。それをがむしゃらに出し続け、彼女は地に倒れる。地面にごろりと寝転がった。
日が暮れ始めた空を見上げる。
……強くならなきゃ。上弦を倒すんだ。私が杏寿郎さんの仇を討つんだ……
琴音は杏寿郎の死後、ずっと上弦の参を探していた。しかし、動いていないのか、全く手がかりが見つからない。
そんなイライラと、対峙したところで倒せるわけがないという己の弱さにやたらと腹が立つ。
仰向けに寝転んだまま、手を地面に思い切り叩きつけた。右手の手のひらから血が流れた。
土はひんやりと冷たく、手の痛みと共に頭を冷やしていく。
琴音は手を目の前にかかげ、血が流れる様子をぼんやりしながら見つめた。
不意にその手首を掴まれた。自分の手よりひと周り大きい、温かい手だ。
「帰るぞ」
「…………」
「自分を痛めつけるのはここまでだ」
「…………」
「これ以上は俺が許さない」
「……なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ」
久々に『あんた』と呼ばれる義勇。彼女の不機嫌さがわかる。
「私の体でしょ。放っといて」
「違う」
「………なにが」
「…………」
「意味分かんない」
「お前の体は俺のものでもある」
「………なによそれ」
義勇は琴音の側に座り、手の砂を落として消毒し、包帯を巻いた。
「お前の痛みは俺の痛みだ」
無表情のまま、義勇は呟いた。
「……なによ、それ」
琴音はまたそう呟いた。いびつに巻かれた包帯を見つめる。手の怪我は先程と変わっていないはずだ。それなのに、もう痛くない。
「帰るぞ」
再びそう言われ、琴音はむくりと上半身を起こす。背中の砂を義勇が払ってくれた。
しかし、俯いたまま立ち上がれない琴音。ぼんやりと地面を見つめている。