第3章 戦いの先に
顔を洗って部屋に戻ってくると、布団の中で琴音が身じろぎをした。
「んん……」
「起きろ、もうすぐ飯だ」
「……お兄…ちゃん」
「お兄ちゃん?」
義勇はぽかんとする。
自分と兄とを間違えているのか。
「お兄ちゃん……、死んじゃ…やだ……」
「…………」
「………お兄ちゃ…ん……」
「俺はお前の兄ではないが、死んでないぞ」
義勇は彼女の布団の側に座り、頬をつつく。
琴音は軽く呻いたが、起きない。
おでこを弾いてみる。それでも起きない。
「こいつ、寝起き悪いのか?……おい、起きろ」
軽く鼻をつまむと、むぐぅと眉を寄せて薄っすらと目を開いた。
「ふぁ……?おは…よ……、ん?」
琴音は寝ぼけたまま、目をシパシパさせている。
「そろそろ飯だ。顔を洗ってこい。よだれ垂れてるぞ」
「あれぇ?とみおか……?私……」
「早く起きろ」
「……はぁい」
琴音はまだ開ききらない目を擦って、のそのそと起き上がった。寝間着から白い足が見えたが、彼女はお構いなしだ。
よろよろと立ち上がり、部屋から出ていった。
義勇はため息をついて、琴音が寝ていた布団をたたんでやる。
『お兄ちゃん、死んじゃやだ』
彼女がうわ言のように呟いた言葉を、頭の中で繰り返していた。
顔を洗って戻ってきた彼女は、まだぼんやりとしていた。部屋に入ると、義勇が畳んだ布団にドサッと身を投げる。
「こら」
「まだ眠い……」
「寝るな。起きろ」
「……やぁだ」
布団に身体を寄せたまま、また寝そうな勢いである。義勇はため息をつく。
「……仕方ないな。飯がくるまでだぞ」
それに対する琴音からの返事はなく、代わりに小さな寝息が聞こえ始めた。
彼女の縛られていないサラサラの髪が、彼女の顔を隠す。自分のごわついた髪との違いに何故だか興味をそそられ、義勇はその髪に手を伸ばした。指ですくい上げると水のように指の間から落ちていく。
たまに梳かしてあげていた、姉の髪を思い出す。久しぶりに女子の髪に触れ、懐かしいような、むず痒いような、なんともいえない感覚を覚えた。
義勇は琴音の顔にかかっていた髪を、指でそっと避けてやった。