第19章 死なせない
「夜月」
聞きたくてたまらかった声がする。
閉じかけていた琴音の目が、その姿を見たくて再び開いた。
「冨岡……」
「帰るぞ」
「……うん」
義勇は琴音の隣に座り、子どもを抱くように抱え上げた。琴音は力の入らない腕で、義勇の首元にきゅっとしがみついた。
「……片付け」
「どうすればいい」
「これ、……あっち」
琴音は最後に残っていた丸フラスコを指差し、続いて棚を指差した。
義勇は琴音を抱いたまま、片手でフラスコを持ち、ガラス戸を開けて同じものが入っている棚に置いた。
「これでいいか」
「うん。ありがと……」
「もう帰れるのか」
「帰る」
「よし、帰ろう」
義勇は琴音をよいしょと抱き直し、誰にも見られないように素早く屋敷を出た。そのまま早足で帰路につく。
「なんで、お迎え」
「連絡をもらった」
「そっか、ありがとう」
「ああ」
「疲れてるでしょ、歩くよ」
「いい。早く帰りたい。お前を連れて」
会いたかったのは自分だけではなかった。
それがわかって嬉しくなる。
「お前の『しばらく帰れない』は長すぎる」
「ごめんなさい」
「……忘れられたかと思った」
不安だったのも、寂しかったのも、同じだったようだ。
「忘れるわけないじゃない。……こんなに好きなのに」
琴音が少し笑いながら、とろんとした目で義勇を見上げた。目に映るその姿と、くっついている部分から感じられる暖かさに、安心感が込み上げて眠気を誘う。逞しい腕の中で力が抜けていく。
「倒れるまで頑張るな」
「ごめんなさい」
「少しは自分のことも考えろ」
「……はい」
「寝てもいいが、舌は噛むなよ」
「うん」
その会話を最後に、琴音は全てを義勇にゆだねて眠りに落ちた。