第18章 お気に入り
「歩けるなら街へ行くぞ」
部屋に戻ってきた義勇に言われて、琴音は喜んだ。
「あのね!お昼に喫茶店行きたい!ぱんけぇき食べよ!いい?」
義勇は頷いた。
きゃはっと笑う琴音。
「夕方から仕事入るかもね。すぐ行く?」
「身体、大丈夫なのか」
「平気!本当だよ!準備してくる!」
琴音は嬉しそうに立ち上がって自室へ走っていった。義勇は台所へ向かう。これから二人で出かけるから昼も夜もいらないと千代に告げた。
部屋で隊服に着替えて琴音の支度を待つ。
「お待たせ」
琴音は可愛らしい着物姿だった。赤地に花柄の大正ロマンばりばりの着物。髪はハーフアップにして何時もの紐で留めている。その姿に驚いた顔をする義勇。
「ちょっと、義勇さん。なんで隊服なの」
「他に服がない」
「あるでしょ!もうっ!」
琴音は行李をあさり、紺の着物と灰色の袴を引っ張り出した。
「シャツは脱がなくていいから。シャツの襟を出すようにしてこの着物着て、袴ね」
「………」
「はい、着替える!」
「めんどくさい」
「駄目!……初めての逢瀬なんだよ?」
琴音にそう言われて、義勇はハッとした。そうか、そういうことになるのか。
道理で琴音がうっすらと化粧もしているわけだ。
義勇は立ち上がって隊服を脱ぎ始めた。
「緊急指令が来たら」
「走って帰ってこればいいでしょ」
「刀は」
「袋に入れて持っていくよ。実は私も中にシャツは着てるし、下履きも履いてる。緊急時は戦えるよ」
琴音はぴらっと着物の裾を捲って、薄手の黒いズボンを見せた。いや、そういうのを見せるなよ、と義勇は思った。
義勇の着替えを嬉しそうに手伝う琴音。着物の襟を大きめに開けたり、袴の帯を流行りの感じに巻いてやる。
……逢瀬、か
こんな自分には縁遠いものだと思っていた。
にこにこしながら着付けてくれている琴音をじっと見つめる。
「うん!男前!」
義勇の着替えが終わると、満足そうに琴音が笑った。普段と違う彼女の姿に、義勇の胸も高鳴った。