第16章 一緒に
杏寿郎というかけがえのない人物を失った彼らから、更に琴音を己が奪うのだと義勇は知った。
それでも琴音は義勇と共に在ることを選んでくれた。義勇は申し訳無さを感じながらも、彼女のその決断を嬉しく思った。
「師範、一気に全部は持っていけないので、いろいろ置いててもいいですか?」
「無論だ」
「ありがとうございます」
「冨岡と喧嘩したらいつでも帰ってこい。住めるようにしておく」
「あはは。それはありがたいです」
「明日帰ってきてもいいですよ!」
「うん、その可能性はなくもないね」
「……おい」
琴音は笑いながら荷物を取りに行く。
人形の置いてある棚の前で足を止めた。並べられた人形たちをじっと見つめる。義勇も隣から一緒に覗き込んだ。
「持っていくのか」
「うーん……皆は無理だなぁ。一個だけ連れて行こうかなぁ……どうしよ」
「別に全部でも構わない」
「大荷物になっちゃうでしょ」
琴音は悩んで、一つの人形を手に取る。
「この子」
ころんとした茶色の小さなぬいぐるみを抱えて、風呂敷の一番上に乗せた。かなり古いものだった。
「みんな、ごめんね。また迎えに来るからね」
琴音は残していく人形たちに声をかけた。
「瑠火と買いに行った人形か」
「はい」
「お前のお気に入りだもんな」
「えへへ」
琴音は少し照れくさそうに笑った。
「その熊だけでいいのか」
「………犬だよ」
「熊だろう」
「どう見ても犬でしょうが!ほら、お耳が三角でしょ!熊さんは丸いの!」
「……わからん」
義勇は首を傾げながら、琴音の荷物を持つ。ほとんどの荷物をヒョイと持ってしまい、琴音は慌てて残りの軽いものを抱えた。
「では、師範、千君、いってまいります」
お世話になりましたなどの別れの言葉ではなく、いつもの出発の挨拶をする琴音。やはり、ここは紛れもなく彼女の家なのだ。
「ああ。いってこい」
「いってらっしゃい」
二人も、また帰ってくることが前提の挨拶をして琴音を見送った。
「たまには帰ってやれ」
「うん」
二人並んで道を歩く。
「泣くな」
「泣いてないもん」
荷物で手がふさがっている琴音は、頬を流れる感謝の涙を拭けないままに歩く。
風が涙を乾かしていった。