第15章 星空の下で
「帰るな。泊まっていけ」
屋根の上で義勇からそう言われた琴音。義勇の腕の中で身体を固くした。
そんな彼女の様子を見て義勇はハッとする。
「違う。そういう意味じゃない」
「………?」
「帰らないで欲しいだけだ。部屋も別。何もしない」
義勇は琴音の首元に顔を埋めた。
……あれ?冨岡って、案外と甘えん坊?
琴音は顔を赤くしながら思う。
「でも、帰らないと……」
「……………」
「………困ったな」
「明日の朝、帰っても問題ないだろう」
「あるでしょ」
なかなか泊まると言わない琴音に、義勇は少しムッとした。顔を上げて琴音の顔を見る。
「俺と一緒にいることより、大切なことがあるのか」
「そ、それは……」
「ならば、帰れるものなら帰ってみろ。捕まえて連れ戻してやる」
「は?」
琴音が少々呆れながら義勇を見ると、彼は拗ねたように口を尖らせていた。それを見て琴音は笑う。義勇の中に可愛いらしさを見た。
「私も簡単に捕まるつもりはないよ。一晩中追いかけっこする気?」
「足腰の鍛錬になっていいだろう」
「子どもの頃、一緒に遊ぼうって誘ったのに遊んでくれなかったのにね。今になって遊ぶ気になったの?」
「………遊びはしない」
義勇に譲る気がないため、仕方なく琴音が折れる。
「……じゃあ、泊めてください」
「喜んで」
喜んだ。
意外な返事が返ってきて、琴音は吹き出しそうになった。
義勇の変化に驚きつつも、琴音は想いを伝えられたことを嬉しく思う。屋根から飛び降りると、琴音はもう一度空を見上げた。星を見上げたまま少し静止する。
「何を話していた」
隣に立つ義勇が、琴音に聞いた。
「内緒」
仕返しとばかりに琴音は少し意地悪な笑みを浮かべて玄関へ向かって歩き出した。
少し不機嫌そうにしながらも、義勇はそれ以上何も聞くことなく彼女の後ろを付いていく。
―――『お父さん、お母さん、お兄ちゃん、おじいちゃん……、琴音に好きな人が出来ました。不器用だけど、とても優しい人です。琴音は今、幸せです』
琴音が夜空に向けた報告は、誰に聞かれることもなく、夜の風に乗って高く舞い上がっていった。