第3章 戦いの先に
大喧嘩になってしまった初対面から、琴音と義勇が再会したのは半年経った頃だった。
何故それ程長い間会わなかったのかはわからないが、もしかしたら彼らの喧嘩が鴉によって報告され、軽く接触禁止になっていたのかもしれない。
漆黒の闇の山の中、義勇は木にもたれかかっていた。
……まずいか
手を握ろうとするが、感覚がほとんどない。
焦りながらも思考をめぐらす。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
幸い致命傷は与えられていない。身体さえ思うように動くようになれば、まだ戦える。
鬼の位置を警戒しつつ、焦る気持ちを必死で落ち着けながら、呼吸でなんとかできないものかと足掻いていた。
そこへ、木の上から声がした。
潜めながら己にかけられる、子どもの高い声だ。
『よかった、生きてるね』
音もなく己の傍らに飛び降りてきた少女。茶色がかった髪を高い位置で結び、深紅の大きめの羽織を着ている。
「……何しに、来た」
「救援だよ」
「危ない…今すぐ、逃げろ」
「は?助けに来たのに。なにそれ」
「いい、から……早く」
「相変わらずだね」
琴音は苦笑いをしながら義勇の様子を見る。
「麻痺……?血鬼術?」
義勇は僅かに頷く。
琴音は彼の手を取り「感覚ある?ここは?」と素早く確認していく。
「……神経毒か。かなり強力だね。あんたがここまでやられるのは尋常じゃない」
「逃げろ……」
「だから、逃げないっての。うるさいなぁ」
「…………」
「あんたのこれ、一刻を争う。心臓が止まったら終わりだもんね。ええと、麻痺だから……」
琴音はごそごそと腰につけた布袋をあさる。
そして、一つの小さな包を取り出した。
「冨岡、口開けて。薬飲むよ」
「薬……?」
「私の先生、薬学に長けてんの。いいから、口」
義勇は口を少しだけ開ける。
これ以上は開けられないのだろうと判断した琴音は、彼の後頭部に自分の腕を回し、義勇の顔を上に向かせた。
そして「ちょっとごめん」と断わりを入れて指を義勇の顎に当てて口を開けさせた。
「粉薬で苦いからね。頑張って」
そう言って義勇の口に散薬をさらさらと入れる。麻痺は舌や味覚中枢にも回っているようで、苦いと言われた薬の味は全くわからなかった。
水筒から口に、ゆっくりと水を注がれる。