第11章 那田蜘蛛山
少しの間義勇の胸の中できゃっきゃと笑っていた琴音だが、ふと我に返って義勇の胸を押し、バッと離れた。
「きゃあぁぁぁ!」
「なんだ」
「ごごごごごめん、冨岡!!」
「なにがだ」
「やだ私、何やってんのもう!ごめん、勝手にくっついちゃって」
「……別に」
顔を真っ赤に染めて、わたわたと慌てだす琴音。後ずさる際に椅子に足をぶつけて「いたぁっ!」と叫んでいる。
「落ち着け」
「あ、はい……、や、本当にごめん」
「いや」
「今までにない凄くいい反応が出たから、嬉しくてつい」
だらだらと冷や汗を流しながら必死に弁解をする琴音。一人で慌てふためき、大忙しだ。
「いい。大丈夫だ。気にするな」
そんな琴音の愛らしい行動に、義勇も僅かに笑う。
「嫌じゃない」
「そ…う、なの?」
「ああ」
「なら、よかった」
琴音はまだ顔が赤いままだが、義勇が怒っていないことにホッとした。しかし、どうしようもないくらい恥ずかしくて「わ、私、しのぶちゃん探してくる!!じゃぁ、またね!冨岡!」と、風のように研究室から走り去っていった。
一人残された義勇も、ほんのりと頬を染める。
『一体この子から自分はどう思われているのだろうか。好かれているのだろうか』
義勇の心にある、その疑問。
その答えが、今の彼女の行動にあるのだとしたら……
期待してしまう自分がいる。期待するなという方が無理だろう。好きでもない男に抱きつきはしないだろうし、あれほど頬を染めて慌てたりもしないだろう。
いくら恋愛ごとに疎い自分でも、それくらいのことは解る。
お前も、俺と同じ気持ちだと思っていいのか?夜月……
義勇は、鴉に呼ばれて蝶屋敷を後にする。腕には彼女を抱きしめた感触が残っている。過酷な任務に向かうその足取りも、心なしか少し軽快な気がした。