第11章 那田蜘蛛山
少しの沈黙が流れる中、突然琴音がガタッと音を立てて椅子から飛び上がった。
椅子の側に立っていた義勇の羽織の袖をギュッと握り、身体を寄せてきた。
「!!?」
突然の事に驚く義勇。
ぎょっとしながら、腕に縋り付いてくる琴音を見た。すると彼女は自分を全く見ていないことに気が付いた。
「……?」
彼女の目線を追うと、その先には小さな蜘蛛がいた。琴音の動きに驚いたのか、蜘蛛もじっとしている。
義勇は琴音の行動を理解した。
「外に出してやる。離れろ」
「出すって、どうやって……」
「掴んで」
「や、やめて!刺されるよ!」
「蜘蛛は刺さない。噛むんだ」
「やだやだ!怖い!やめて冨岡」
琴音は義勇の羽織を掴んだまま、涙目になってぶんぶんと首を横に振った。
「大丈夫だ」
義勇はそう言うと琴音の手を離させて、机の下に体を入れ、蜘蛛をヒョイと手で掴む。
「!!ひっ…!」
琴音は悲鳴をあげるが、義勇は構わずに窓へ行って蜘蛛をぽいっと外へと投げ捨てた。パンパンと手を払って平気な顔で戻って来る。
「だ、大丈夫なの……?」
「何ともない」
琴音はその場にペタリと座り込んだ。彼女の方が余程大丈夫ではない。
「おい」
「……ありがと、冨岡。凄いね」
「別に。あんな小さいのは噛んでこない」
「噛む噛まないじゃなくて、存在自体が無理……」
「そんなに駄目なのか」
「いや、ここまでじゃなかったんだけど。那田蜘蛛山からちょっとね……」
琴音はよろよろと椅子に這い上って座る。
顔は青ざめたままだ。
「昨日もね、おっきい蜘蛛に追いかけられる夢見てさ。はぁ……、もう本当蜘蛛、嫌っ!嫌いっ!」
「子どもか」
「仕方ないでしょ。……いくつになっても怖いものは怖いの!」
開き直るように拗ねる琴音。ようやく恐怖が薄らいできたようだ。
「……助かったよ。冨岡がいてくれてよかった」
拗ねながらも、そんなことを言ってくるので、義勇の心臓がドクンと跳ねた。
しかし琴音はそんなことを全く気にせず、ようやく安堵の表情を見せたのだった。