第22章 呪い合い、殺し合い、
「……風呂?」
舞台の中央に猫足の浴槽が置かれ、湯を張ったその中にスーツ姿の男性が浸かっている。
訝しみながら近づいていくと、向こうも虎杖に気づいたのか視線を天井に向けたまま問いかけてきた。
「誰だ。そこで何をしている」
「アンタこそ」
舞台上でスーツを着て風呂に入っている光景の方が気になったため、思わず虎杖は聞き返していた。
男も自分が普通ではやらないことをしている自覚があるのか、戸惑いを見せる虎杖にこう問いかけてくる。
「君は服を着て風呂に入ったことがあるか?」
「ないな」
「思っていたより気持ちがいい」
表情からはあまり気持ちよさそうには感じられないが、わざわざ舞台上に浴槽を持ってきて、それに湯を張るくらいなのだから心地悪くはないことは窺える。
「そうだ、俺は小学生の頃、着衣水泳の授業が好きだったんだ」
その気持ちは虎杖にも少し分かった。
だがそれでも「何故こんなことを?」という疑問は消えない。
「最近色々とどうでもよくなってな。やってはいけないと、思い込んでいたことにチャレンジしているんだ。30代半ばを超えてグレてしまったわけだ。笑うか?」
「ちょっと……面白い」
それでスーツで風呂に入ろうという発想が生まれたのか。
男が靴を履いた足で湯をかくのを眺めながら、虎杖は更に踏み込む。
「アンタ、日車だよな?」
「いかにも」
「話がしたい」
「待て、待て待て。俺は弁護士だ。俺と話すと30分5000円の相談料が発生するぞ」
「えぇ……」
日車は口の端を歪めるようにして笑うと左手で5と示し、若干困惑する虎杖を見て肩をすくめる。
「冗談だ。ちょっと嫌な弁護士を演じてみたくてな」
「そっか……アンタ100点持ってるよな」
そう尋ねながら今までの会話を思い返す。
『着衣水泳』に『弁護士』、どちらも過去の術師ではまず知り得ない現代の制度だ。
話の内容から考えて受肉した過去の術師じゃない。
術式が開花した現代の術師。
話が通じる、交渉の余地がある!