第21章 ネクストステージ
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「本当にいいんだな?」
念押しする夜蛾に日下部は首肯する。
数年前のこと、日下部は天元の結界の中に妹を連れてきていた。
痩せ細り、髪も真っ白になってしまった妹。
目も虚ろで言葉も発せなくなって久しい。歩くこともできなくなり、車椅子に腰掛けて項垂れる姿はまるで全身で生きることを拒んでいるようだった。
なぜそうなったかというと、まだ小学生だった息子を亡くしてしまったから。
日下部にとっての甥、タケルは腕白盛りの男の子で、妹が何よりも大切にしていた子だった。
亡くなった直後は彼女もずっと悲嘆に暮れていたが、やがて今のように何もできなくなってしまったのだ。
このままでは彼女は甥の後を追ってしまうと藁にもすがる思いで夜蛾に助けを求めた。
「コイツはオマエの甥ではない。甥の情報を持った何かだ」
「いつまでも死人に拘ってちゃ未来を生きていけませんっちゅー話ですよね。でも、妹はもう過去が……タケルが支えてくれなきゃ生きていけんのです」
「まさみち、あの人、僕のお母さんじゃない?」
夜蛾の後ろから出てきたのはネクタイを巻いた犬のような人形。
夜蛾はその頭を撫でる。
「あぁ、よく分かったな」
「へへへ、そうじゃないかと思ったぜ、天才だろ?」
そう言って親指で自分を指す仕草。
それはあの子と全く同じ……
「っ!」
思わず彼女は車椅子からまろぶようにその子に駆け寄っていた。
その小さな体を抱きしめる。
「ゔぅ……タケルッ、タケルぅ……!」
タケルはキョトンとしていたが、母を拒むわけではなかった。
「日下部、悪いが……」
「分かってます。完全自立型の呪骸の存在は公にできない。妹と一緒には暮らせない」
「すまん」
「何謝ってんですか」
涙を流してタケルを抱きしめる妹……
声を聞いたのも感情を表に出すのを見たのもとても久しぶりだった。
もうこんな姿を見ることもできないと諦めかけていた。
「ありがとうございます。本当に……!」
夜蛾から日下部の顔は見えなかったが、その肩は大きく震えていた。
「ありがとう……!」
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