第21章 ネクストステージ
穏やかな風が吹き抜ける小さな丘の上に2人の影がある。
「まさみち」
やや舌足らずな言葉遣いをしたのは、ネクタイを結んだ犬の呪骸。
隣に座っている夜蛾は大きな背中を丸くして普段の威厳さは全くない。
「みんな心配してるよ、元気がないって」
「そうか」
「だから僕言ってやったんだ。元気がなければ元気づけてやればいいって」
「そうか」
「天才だろ」
親指で自分を指差す仕草は生前から変わらない彼の癖。
夜蛾はその頭を撫でる。
「そうだな」
そうやってしばらくタケルの頭を撫でた後、夜蛾は伝えなければならないことを切り出した。
「タケル、すまないがしばらく帰れない。皆にもそう伝えてくれ」
タケルは途端に眉を八の字にする。
「また出張?」
「ああ……長い出張だ」
もう、ここには帰ってこられない。
「大丈夫、この森は天元様が守ってくれている。オマエの母さんもまた会いに来てくれる」
そして自分に言い聞かせるように伝えた。
「俺がいなくても大丈夫」
夜蛾が木の根元にある小さな扉を開け、身を屈めて出ようとしたところで、タケルに呼び止められた。
「まさみち」
振り返るとタケルが呼び寄せたのか、ここに住む呪骸達が勢揃いしている。
彼らは皆夜蛾が造った、パンダと同じ完全自立型の呪骸だ。
ここから外には出せない、一度外に出てしまえば完全自立型の呪骸が突然変異ではないことが明らかになり、どのような扱いを受けるか分からない故に夜蛾が隠し通している存在。
彼らも自分達が出てはいけないと分かっているようで、夜蛾を追いかけてこの扉を潜ることはないが、それでも見送りに来てくれた。
「まさみちがいないとさびしいぜ」
決して夜蛾を止めるわけではなく、だが何かを察したように、大小さまざまな形の手を振って見送る呪骸達。
夜蛾にはまだ会いに行かなければならない者がいる。
タケル達と同じ完全自立型呪骸で唯一、突然変異として外に出すことが叶った大切な息子に。