第5章 怪異迷宮
「渡辺、腕大丈夫か?」
「うん……」
虎杖の遺体を前に俯いたなずなの表情は分からない。
力無く垂れたなずなの右腕は血こそ出ていないが、制服越しでも分かる程大きく腫れ上がっている。
「痛いと思うけど、袖を切るぞ」
この状態では制服を普通に脱げない。
患部が出せないと治療もできない。
これ以上腫れる前に袖をどうにかしなければ。
今ここにある刃物はなずなの持っている鬼切くらい。
放心しているなずなから鬼切を受け取り、右の二の腕に当てると、なずなは右肘に制服が擦れた痛みで顔を歪める。
「悪い……」
「ううん、平気……」
3月の妖刀事件の折に、鬼切ではなずな自身の身体は傷つかないと分かってはいたが、伏黒は慎重に切っていく。
「……くっ、……んっ」
なずなは歯を食いしばって痛みを堪えた。
袖を切って露わになった患部は内出血が酷いのか赤黒く腫れている。
それを見ても、なずなはどこか無感動だ。
砕けた右肘が治るかどうか、再び右手で鬼切を振れるかどうかは正直、今はどうでもよかった。
「奇妙な折られ方だな」
高専に戻ったなずなは、医務室で家入に右肘を診てもらっていた。
砕かれ、大きく腫れた肘を診ての第一声がそれだった。
肘関節の内側の方が損傷が酷いのだ。
「呪術で砕かれたのか?」
「いいえ……握りつぶされました」
どこか虚ななずなの返答。
なずなは呪具使い、得物は刀。
右腕が使い物にならなくなれば、それこそ術師生命に関わるだろうに。
それがどうでもよくなってしまうほど、虎杖の死にショックを受けたのだ。
反転術式で治療した後、なずなはおぼつかない足取りで学生寮へ帰っていった。