第5章 怪異迷宮
蝦蟇の術式を解くと気を失ってぐったりした野薔薇が出てきた。
「野薔薇ちゃん!起きて、しっかり!」
「落ち着け、術式で傷つけられたわけじゃないから大丈夫だ」
血相を変えて狼狽えるなずなを伏黒がなだめる。
「皆さん、無事ですか!?」
伊地知が駆けつけ、野薔薇の容態を確認すると手早く応急処置をする。
命に関わる大怪我ではないが、頭部の傷だ。
念のため医者に診せた方がいいだろう。
伊地知は野薔薇を抱き上げて車へ運ぶ。
その様子を見送った伏黒は、なずなに向き直った。
「……渡辺、なんで虎杖がいないのか、話しておく」
野薔薇が姿を消した後、虎杖と伏黒が特級呪霊と遭遇し、逃げられないと踏んだ虎杖が宿儺と代わって応戦しようとしたが、宿儺から代われば呪霊より先に伏黒や野薔薇、なずなを殺すと言われた。
だから、伏黒が野薔薇となずなを見つけて領域から脱出するまでの間、自分が特級呪霊を食い止めると残った。
虎杖不在の顛末を聞いたなずなは、信じられない思いで言葉も出ない。
『……頼む』
懇願するような虎杖の声が伏黒の脳裏に蘇る。
釘崎と渡辺を連れて生得領域からは出られた。
玉犬の合図が間に合ったことを祈るばかりだ。
「避難区域、10kmまで広げてください」
「伏黒君は?」
「俺はここで虎杖が戻るのを待ちます」
「私も釘崎さんを病院へ届けたら、なるべく早く戻ります」
「渡辺も帰るか?」
生得領域内で合流してからずっとなずなが震えていることに伏黒は気づいていた。
表情も強張り、顔色もどこか青ざめていて、恐怖から抜けきれていないのだろう。
「ううん、私も虎杖くんを待つよ」
そう答える声もやはり震えていた。
ダメ元で一級以上の術師の派遣を頼み、伊地知と野薔薇を見送る。
本来死刑になることを分かった上で、助命してほしいと望んだのは伏黒自身だ。
もしもの時は、虎杖を始末しなければならない。
自分にはその責任がある。
雨が降り続く中、伏黒は少年院へ目を向けた。