第5章 怪異迷宮
なずなはひとり生得領域内をさまよっていた。
夕日に照らされたかのような路地裏や真夜中のような暗い廊下、来た道はとうに分からなくなっている。
呪霊の気配がないことだけは幸いだが、痛いくらいに鳴っている心臓、浅くなる呼吸と不安で胸が張り裂けそうだった。
みんな、どこにいるの?
真っ暗な通路を歩き続け、不意に視界が開けた。
広い空間に出たのだ。
壊れた鉄格子がいくつも見える。まるで破壊された牢屋のようだ。
薄暗い空間を壁に沿って進んでいくと、何かが足先に当たった。
下を見て目に入ったものに悲鳴を上げそうになり、とっさに手で口を押さえる。
人間の足だった。
右足の膝から下の部分。
少し離れたところにもうひとつある。
……両方とも右足ということは、2人?
恐怖に支配された頭で懸命に考える。
安否不明の5人の内、2人は右足の膝から下を失っている。
こんな場所でそんな大怪我を負って、はたして生きているだろうか?
思い浮かんだ最悪の状況に頭を振った。
ピチョン……
「え……?」
ふと水音が耳に入る。
今まで緊張しすぎて聞こえてなかったのか。
もしこれが呪霊だったら危なかった。
ピチョン……
「……ーっ!?」
水音につられて上を見上げ、なずなは声にならない悲鳴を上げた。
天井に人がいる。
下半身が埋まり、上半身だけ逆さにぶら下がった状態だ。
しかもくり抜かれたのか、眼球がない。
聞こえている水音は、その眼窩から滴り落ちている血だった。
丸く落ち窪んだ真っ暗な眼窩と目が合う。
そこでなずなの恐怖は限界に達した。
弾かれたように走り出す。
何かを蹴ったような気がしたが、脇目も降っていられない。
一刻も早くこの場から離れたい一心だった。