第18章 無垢なる贄と仮初の平穏と
一方、そんな虎杖の心中を知らない伏黒は、考えるまでもないと答える。
「渡辺」
「おおっ、即答!……その心は?」
「心はって……渡辺は真面目だし、悪ノリも全然しないからストレス溜まらねぇし、何考えてるかも他の奴より分かりやすいし……」
まぁ、彼女の重度の方向音痴には手を焼いているが、五条を始め曲者が多い呪術師には珍しく常識的というか、変にふざけることがないので、一緒にいると落ち着くのだ。
そこまで考えてなんとなく気恥ずかしくなった伏黒が視線を戻すと、虎杖がなぜか満足げな笑顔になっている。
「……なんだよ、その顔」
「へ!?ま、まぁ気にすんなって!続きは?」
「もうねぇよ。っつか、最後の質問には答えただろ」
温泉に入ってからしばらく時間が経っているためか、顔が熱いし落ち着かない。
虎杖の表情もなんだか釈然としないので、この話は終わりだと伏黒は湯から上がってしまう。
もう少し深掘りしたかった虎杖もこれ以上はさすがに怒られそうな気配を感じたので、今日は打ち切りと割り切って温泉を出た。
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温泉から出ると、虎杖は早速牛乳を買い、飲み終わる頃には野薔薇が女湯ののれんをくぐって出てきた。
しかし、なずなの姿はない。
「あれ?渡辺は?」
「まだ物足りないからもう少し入るんだって。ちょっと待ったら出てくるんじゃない?……アンタ、ここ旅館よ?なんで牛乳飲んでんのよ?」
虎杖が持っている牛乳を見て野薔薇は眉をひそめる。
「だって、温泉っつったら牛乳だろ?」
「銭湯じゃねーんだよ」
「釘崎だって朝のバイキングに牛乳あるって喜んでたじゃんか!」
「それとこれとは話が別!」
しょうもないことで口論に発展している2人を横目に、伏黒はこういう風に騒がしくしないところもなずなの良いところだと改めて感じていた。