第17章 断章 薄墨
「弱者故の尊さ、弱者故の醜さ。その分別と受容ができなくなってしまっている。非術師を見下す自分、それを否定する自分……」
夏油は頭を抱えるように右手で前髪をかき上げる。
「術師というマラソンゲーム、その果てのビジョンがあまりに曖昧で……何が本音か分からない」
「どちらも本音じゃないよ。まだその段階じゃない」
九十九はそう答えると、両手の人差し指を向かい合わせるように立たせる。
「非術師を見下す君、それを否定する君、これらはただの思考された可能性だ。どちらを本音にするかは、君がこれから選択するんだよ」
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バイクに跨り、エンジンをかけた九十九は見送りに来た夏油に片手を上げる。
「じゃあね、本当は五条君にも挨拶したかったけど、間が悪かったようだ。これからは特級同士、3人仲良くしよう」
「悟には私から言っておきます」
そう言った夏油は心なしかほんの少しだけ笑えるようになっていた。
「あ、そうだ、最後に……星漿体のことは気にしなくていい」
九十九のその言葉に瞠目する。
理子の護衛任務の説明を受けた時、同化が失敗すれば、天元の肉体は術式効果で創り変わり、人類の敵になるやもとまで言われたのだ。
にもかかわらず、1年経ってもそのような兆候は見られず、夏油達の学校生活や任務にも影響は出ていない。
「あの時、もう1人の星漿体がいたか、既に新しい星漿体が産まれたのか……どちらにせよ、天元は安定しているよ」
「……でしょうね」
高専を出発した後で九十九は夏油の好みを聞いていなかったことに気づいたが、後の祭りであった。