第17章 断章 薄墨
「正に超人。負けたことは恥じなくていい。彼を研究したかったが、フラれてしまってね。惜しい人を亡くしたよ」
ちなみに禪院家にはもう1人、甚爾と似た天与呪縛を持って生まれた女児がいるが、彼女の呪力は非術師並みに低いというだけで、ゼロではない。
「天与呪縛はサンプルも少ないし、私の今の本命は②だね……知ってる?術師からは呪霊は生まれないんだよ」
「!?」
「もちろん術師本人が死後呪いに転ずるのを除いてね。術師は呪力の漏出が非術師に比べて極端に少ない。術式行使による呪力の消費量やキャパの差もあるけど、一番は流れだね。術師の呪力は本人の中をよく廻る」
九十九は片目を瞑る。
「大雑把に言ってしまうと、全人類が術師になれば、呪いは生まれない」
それならば……
夏油の中の黒い澱が再びどろりと滲み出てくる。
「じゃあ非術師を皆殺しにすればいいじゃないですか」
「夏油君」
九十九の冷静な声にハッと口を噤む。
今、自分は何を口走った……?
冷や汗を流す夏油とは対照的に九十九はあくまで客観的にその意見を受け止めていた。
「それは“アリ”だ」
「え……いや……」
「というか多分それが一番イージーだ。非術師を間引き続け、生存戦略として術師に適応してもらう。要は進化を促すの、鳥達が翼を得たように、恐怖や危機感を使ってね」
そう述べた後、九十九は肩をすくめる。
「だが残念ながら、私はそこまでイカれてない。……夏油君、非術師は嫌いかい?」
「……分からないんです」
己を苛む黒い淀み。
その正体を夏油は自分でも掴みかねていた。
「呪術は非術師を守るためにあると考えていました。でも最近、私の中で非術師の……価値観のようなものが揺らいでいます」