第16章 断章 極彩
球体状に押し出された見えない質量が左上半身にぶつかってきたところで、甚爾の違和感がぞわりと表出した。
「タダ働きなんてゴメンだね」
いつもの俺ならそう言って、話を持ちかけられた時点でトンズラこいた。
何故そうしなかったのか?
目の前に五条 悟がいたからだ。
覚醒した無下限呪術の使い手、おそらく現代最強と成った術師。
否定してみたくなった
捻じ伏せてみたくなった
俺を否定した禪院家、呪術界、その頂点を
自分を肯定するために、いつもの自分を曲げちまった。
その時点で、負けていた―……
質量は甚爾の左肩から先、左上部の臓器も潰し、背後の壁も丸く抉っていく。
「自尊心は捨てたろ……」
死が迫る中で見たのは、生涯で唯一愛したアイツとその腕に抱かれた息子―……
自分も他人も尊ぶことのない
そういう生き方を選んだんだろうが。
「最期に言い残すことはあるか?」
甚爾の目の前にゆっくり降り立った五条が問う。
「……ねぇよ」
ふと、このまま残される息子の悲しそうな顔が頭をよぎった。
「2、3年もしたら、俺の子供が禪院家に売られる。好きにしろ」
なんでそんな言葉が出たんだろうな。
考えただけで反吐が出るあの家に売るより、目の前の……星漿体を逃そうとしたコイツらの方が、恵がマシな人生を歩める……なんて、思ったのかもな……