第1章 妖刀事件
白い、犬……?
額に模様がある見たことのない白い犬が吠えている。
その様子を眺めていると、バタバタと足音がして、今度は学生服姿の男の子が駆け込んできた。
「大丈夫か?どこか怪我は?」
だい、じょうぶ……?
ケ、ガ……?
なにを、言っているの?
頭の中に霞がかかっているかのように、なずなは相手の言葉を理解できず、呆然と見上げることしかできない。
「ここはいつ呪霊が寄ってくるか分からない。安全な場所に行くぞ」
伏黒が手を引こうとするが、なずなは動こうとしなかった。
「弟、なの。……動かしたら、お腹、ちぎれちゃう……」
か細い声をやっと絞り出す。
男の子も居間で殺されていた2人と同じく喉と腹を切られていたが、傷が深い。
特に腹の傷は背骨まで達し、やっと繋がっている状態で、彼女の言う通り、少し動かせば胴が分かれてしまいそうだ。
伏黒は歯噛みする。
今は生存者の保護が優先だ。
そう割り切るのは簡単だが、なずなを無理やり連れ出せば、弟と言っていた男の子の遺体は損なわれてしまう。
何か、何かないか?
部屋の押し入れを開け、目についたシーツをひっぱり出す。
「……ここに弟を寝かせてくれ。今は無理だが、呪いを祓ったら必ず戻れる。だから今は少し我慢してほしい」
伏黒はなずなに言い聞かせるようにそう言って、男の子を慎重に下ろしてシーツで覆う。
残穢の元凶が分からない今はこのくらいしかできない。
「ひとまずここを出るぞ、立てるか?」
伏黒はなずなの血だらけの手を引き、立ち上がらせる。
痛がる様子や血が出ている箇所もなく、なずな自身には怪我はなさそうだ。
一方、南側の部屋を片端から回っていた五条は比呂彦の居室に来ていた。
ここは他と比べてあまり荒らされていない。
床の間には何も掛けられていない刀掛けがある。
比呂彦はどこだ……?
南側の部屋は調べ尽くしたが、めぼしいものは何もなかった。
五条は伏黒に合流すべく、部屋を後にする。