第1章 妖刀事件
五条と伏黒は新一年生を迎えに行くため、埼玉県のとある地区に来ていた。
あちこちの桜が満開に咲いており、春真っ盛りだ。
この4月、伏黒は東京都立呪術高等専門学校に入学することになっている。
しかし、五条から同級生は3人と聞いていたのに、まだ誰とも顔を合わせていなかった。
「新しい一年生ってどういう人なんですか?」
「渡辺 なずなっていう女の子だよ。とある呪具のプロフェッショナルの家系なんだ」
「プロフェッショナル?」
伏黒は隣で飄々と笑う五条に聞き返す。
「恵は渡辺 綱って知ってるかい?」
「鬼退治で有名な平安時代の武士ですよね」
「そ。今向かってる渡辺家はその子孫なんだけど、鬼切っていう呪具の使い手だ」
渡辺家は、呪霊を鬼切で祓う呪具使いの一族。
呪術界の御三家ほどではないが、平安時代から続く由緒正しい家柄で、現当主の渡辺比呂彦は一級呪術師として活躍している。
「あ、でも、なずなが鬼切を持つ訳じゃないよ。次の当主はなずなのお兄さんに決まってるからね」
渡辺家は鬼切以外にいくつも呪具を持っており、それを使うことになるだろう。
「今日は比呂彦も非番のはずだから、恵も挨拶するといい」
話している内に目的地に到着した。
五条が『渡辺』と表札に書かれた門を叩く。
しかし、しばらくしても返事はなかった。
「……ちょっと様子がおかしくないですか?」
昼間だというのに門が閉め切られているのもだが、やけに静かなのも気になる。
「うーん、僕にしては珍しく遅刻しなかったんだけどな」
五条が門に手を掛けると、容易く動いた。
鍵は閉められていなかったようだ。
こちらも用向きがあってのことなので、さらに門を開けると、2人の背筋にぞわりと寒気が走った。
ー強烈な残穢だー
これが外に漏れないように門を閉じて結界を張っていたのか。
急いで屋敷に向かう。
玄関も施錠されておらず、中にはすんなり入れた。
「こりゃ、ひどいね」
屋敷の中は壁や床の至る所に切り裂いたような傷跡が走り、家具も壊されているものが多い。
「二手に分かれよう。僕は南側、恵は東側の部屋を確認してくれ」
「はい」