第9章 弱り目に祟り目
伏黒が梔子駅にたどり着いた時には、雨足は徐々に弱まってきていた。
直前までの大雨のせいか、駅構内に人気はない。
呼び出した玉犬が一方のホームに向かって吠える。
ここになずなが来ているという確証はなかったが、確信に変わった。
通過電車を知らせるアナウンスが流れる中、ホームへの階段を駆け降りる。
他に誰もいないホームの中ほどになずなはいた。
「渡辺っ!!」
半ば叫ぶように呼ぶが、まるで聞こえていないかのように、ぼうっと立ち尽くしたまま。
そのうち、ゆらりと線路側へ歩き出した。
何のつもりだ!?
そっちはすぐに電車が……!
なずなの何もかも削ぎ落としたかのような虚ろな横顔に伏黒は一気に血が引いた。
迷わず人を殺すようなひどい人間は生きてちゃいけない――……
あと2、3歩で地面がなくなる。
――ああ、もうすぐ――……
と、その時、腕を掴まれて、足が止まる。
一拍置いて、目の前を猛スピードの電車が通過した。
「な、に、やってんだよ……?」
なずなが緩慢な動作で振り返ると伏黒が真顔でこちらを見ていた。
「ふしぐろ、くん……っ」
腕を引かれたと思った次の瞬間、ふわりとあたたかいものに包まれた。
目の前には紺色の布地、
すぐ近くに自分のものではない息遣い、
背中に回された腕の温もりを感じる。
そうしてやっと、伏黒に抱きしめられていることに気づいた。