第9章 弱り目に祟り目
「なずな、そんなに手洗ってどうしたのよ?」
女子トイレの洗面所でゴシゴシと手を洗うなずなに、野薔薇が怪訝そうに声をかけた。
「……落ちないの……赤いの、落ちないの……」
なずなは手を止めず、どこか無機質な返事をする。
「何言ってんのよ?それ、絶対洗いすぎ。そんだけ洗ったら、手も赤くなるわよ」
問答無用で水を止めた。
なずなもやっと顔を上げる。
「お昼は?もう食べたの?」
「……うん……」
嘘だった。
本当は食べていない。
まったく食欲がないのと、まだ気持ち悪さが残っていたから。
報告書をなんとか書き終わって、さっきも少し胃液を吐いていた。
でも心配させてしまうから、それは絶対に言わない。
そのまま野薔薇と分かれ、なずなは部屋に戻った。
野薔薇がなずなの様子を不審がっていることには気づかなかった。
夕方というには少し早い時間に伏黒が任務から戻ると、心配していた報告書はすでに出来上がっていた。
それを手に取り、目を通していく。
終わりに向かうにつれ、字が乱れているのが分かる。
「っ、なんだよ、これ……!」
最後まで読んで瞠目する。
そこには呪霊と呪詛師の最期が生々しいほど克明に書かれていた。
ただの報告書だ。
ここまでの描写は必要ない。
何より、どんな心理状態でこれを書いた?
任務に行く前に無理にでも取り上げておくべきだった。