第8章 同罪
「渡辺さん、これで口をゆすいでください。車に酔いそうなら、酔い止めもあります」
少しして戻ってきた伊地知がミネラルウォーターを差し出す。
しかし、それを受け取ろうとしたなずなの手は震えてうまく力が入らず、滑り落ちてしまった。
地面に落ちる寸前で伏黒が受け止めて、ボトルのキャップを開け、なずなに渡す。
「ほら、飲めるか?」
「……なんで……」
小さく呟く。
――どうして、優しくしてくれるの?
その優しさが汚されてしまうような気がして、顔を背けてしまう。
「わ、私、あの人を殺そうとしたとき、迷わなかった!全然、ためらわなかった自分が、気持ち悪いの……!」
これでは凶悪犯罪者と同じだ。
伏黒くんに、伊地知さんに優しくしてもらう資格なんて、ない。
悲鳴のように吐き出されたなずなの言葉に、伏黒は口を引き結ぶ。
「オマエがあの呪詛師を殺したのは、俺を助けようとしたからだろ……だったら俺が殺したも同然だ」
「そんな、違うよ……殺したのは私だよ……?」
「違わない。オマエにその決断をさせたのは俺だ」
俺があの時、日野 雪子を拘束するだけに留めず、気絶させていれば、渡辺をこんなに追い詰めることにはならなかった。
「……俺も同罪だ。だから、ひとりで抱え込むな」
なずなの膝の上で爪が食い込むほど握りしめられた手をゆっくり開いて、その上に自分の手を重ねる。
重なった手は少しだけあたたかい。
しかし、それでもなずなの心は暗い罪禍で埋め尽くされていた。