第8章 同罪
少し時間は遡り、林 敦美の仏壇前――
「あっちゃん、元気だった?」
日野 雪子が遺影に笑いかけると、背後から寂しい声がする。
「ユキ、チャン……」
声の主は異形。
呪いというモノだ。
雪子はこの声で呼びかけられる度にあの時を思い出す。
去年の9月――
あっちゃんが自殺したことがただただ信じられなくて、駅へ走った。
そして、ホームに誰にも気づかれず、ひとりで佇む影を見つけた。
「アアア……アァ…………」
骨と皮しかないような黒ずんだ人影、目はどこにあるか分からないが、口は頭の両端まで裂けるほど大きい。
数年前、そういう異形は呪いだということを教わった。
そして呪いはほとんどの人間には見えないとも。
でも、あたしには昔から見えた。
向こうも見えていることを認識したのか、こちらに顔を向けている。
そして、信じられない言葉を発した。
「……アァ、ユキチャ、ン……」
「……あっちゃん、なの……?」
―――
『呪いは人の負の感情から生まれるモノ』
背後の異形もあっちゃん本人ではない。
あくまであっちゃんの、そして駅にいた人達の負の感情の集合体だ。
そんなこと、頭では分かっている――……
『ユキちゃん』
それでも心が叫ぶのだ。
あたしの名前を呼ぶこの声色はあっちゃんだ、と。
「ユキチャン……」
もう一度、寂しげな呼び声。
雪子は仏壇の前から立ち上がり、その呼び声に返事する。
「……うん、分かってるよ。今日も一緒に行こうね」
今度はきっと邪魔されないから。
玄関を出ると、あっちゃんのお母さんと知らない男の人が話していた。
誰だろう?
眼鏡をかけて、若干頬がこけている。
ちらとその人の顔を見ると、目が合った。
ハッと驚いたような顔をしている。
無理もない。
あたしは、その男の人よりも青白くて、死人のような顔をしているのだから。
でも、そんなのは気にならない。
その人に適当に会釈して、あっちゃんの家を後にする。