第1章 妖刀事件
「比呂彦は鬼切に取り憑かれた状態だったんだ。でもすぐに自刃しなかったことを考えると、呪いに対する抵抗性は強かったんだろうね」
「じ、じゃあ、兄さんに鬼切を渡さなかったから、お父さんはあんな風になっちゃったんですか……?」
自分で言っておいてなんだが、父は兄を次期当主として認めていたはずだ。
その証拠に父はよく任務に兄を連れて行っていた。
「違うよ、鬼切は次期当主と決めた者を絶対に斬らない」
「……そ、それはおかしいです。兄さんも殺されて、生き残ったのは私だけで……っ!」
そう言った途端、なずなの顔から血の気が引いた。
「恵を庇ったとき、なずなは斬られなかっただろう?それは、鬼切に選ばれたからだ」
「そんな……だって、私は、兄さんより呪力も剣術も下で、……なんで私が……?」
「そればかりは鬼切に聞いてみないと分からないけど、なずなには相応の術式が刻まれているよ。鬼切の呪力を吸い上げて身体強化する術式だ」
うまく使えば、呪力や身体能力の低さを充分カバーできる。
「呪術高専に入れば、鬼切や術式の使い方を教えてあげられる。元々そのつもりで僕達はここにきたんだからね」
期待する五条とは対照的になずなは瞳を揺らしている。
「わ、私のせいじゃないですか……私が、鬼切を受け継いでいれば、こんなひどいことには、ならなかった……!」
自分が最初から兄よりも次期当主に相応しいと示せていれば、父も鬼切に取り憑かれず、家族も殺されなかった。
せめてもっと鍛練して、剣術だけでも兄を追い抜いていれば、それを示せたかもしれないのに。
家族との穏やかな日常が頭の中に次々と浮かんで、でもそれは、もうどうしたって取り戻せなくて。
涙があふれて止まらなかった。