第30章 断章 ご飯?お風呂?それとも……?
呪霊祓除の出張任務を完了した伏黒は家路を急いでいた。
いつも報告書の作成・提出は早い方だが、今日はいつにも増して早く終わらせた。
急な任務の追加もないことを確認している。
今夜は久しぶりになずなと2人でゆっくり過ごせそうだ。
ただでさえお互いの休みが重なることは珍しく、重なったとしても少し前までは引っ越しや生活必需品を揃えたりしていて割と忙しかったのがようやく落ち着いた。
顔には出ていないと思うが、浮き足立っている自覚はある。
早くなずなの顔が見たい。
高専からそう遠くない場所を選んだため、少し行くと引っ越したばかりの賃貸マンションが見えてきた。
部屋の明かりは点いており、なずながいることは明白だ。
到着すると足早にエントランスを通り過ぎ、エレベーターに乗り込むもその上昇スピードまでもどかしく感じてしまう。
目的の階で降り、部屋の前まで辿り着くとひと呼吸置いてドアノブに手を掛けた。
「ただいま」
玄関に入るとすぐにリビングの方からパタパタと足音がしてくる。
「恵くん、おかえりなさい……」
料理中だったのか、淡いベージュのシンプルなエプロンを着けたなずなが出迎えてくれるが、その顔はなぜか申し訳なさそうだ。
モジモジとエプロンの裾を弄っていることからまだ何か言おうとしていることが窺える。
伏黒が疑問符を浮かべていると、
「あの……まだご飯できてなくて、その、お風呂も……」
しょんぼりと肩を落とすなずな。
そんなこと気にしなくてもいいのに、と思うのと同時にその健気さを愛しく感じる。
「それなら俺も手伝うから」
そう返事して靴を脱ごうと屈むと頬に柔らかい感触が当たり、直後に小さく可愛らしいリップ音が聞こえてきた。
伏黒が驚いてなずなを見ると、顔を赤くした彼女と目が合う。
「か、代わりに私……」
なずなは消え入りそうな声で呟き、そそくさとキッチンに逃げ帰ってしまった。