第5章 恋情と嘘
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五条のマンションに来てから3日目。刈谷からは待機とひとことメールが来ただけで何の連絡もなかったので、未亜はひとりマンションで時間を過ごしていた。
もうすぐ五条が帰ってくる頃だ。
だからと言ってどうということではない。帰ってきたとて別に何か楽しいやり取りが始まるわけではない。
「何も問題おこしてないだろうな」
「さあ」
「いちいちムカつく言い方すんなよ」
昨日、2人が顔を見て話したのはこの3言だけだった。誰がどう聞いてもなんの温かみも感じられない会話。
未亜はぶっきらぼうな言い方を思い出しながらよく出来た、と自分に褒め言葉をかけた。五条相手にちゃんとやれてる、これでいい。
――いいんだけど。
今日の夜ご飯はレトルトカレーか……。冷蔵庫と食品棚をのぞいて、ふぅとため息をついた。五条はこのところとても忙しそうだった。
4年半前に御馳走してもらった手料理もおいしかったし、きっと時間があるときは自炊することもあるのだろう。
でも忙しい時は術師は食事どころじゃないのは未亜も経験済だ。
睡眠欲や甘いものが欲しくなる方が上回って、普通の食事は優先度が下がってしまう。でもこんな食事では体にいいわけがない。
あの時、もし結婚していたら……。カレーはカレーでもグリーンカレーとかココナッツカレーとかちょっと気の利いたもの作ってたのかな?
野菜もたっぷり入れて、ひょっとしたら星の王子さまカレーも子ども用に鍋をわけて、帰ってきたパパにおかえりのチューをして、今日あったことを話し合いながら笑って……。
考えるだけ虚しい食卓の妄想が脳内を駆け巡る。
普段、引っ張り出すことのない「特別な感情」の箱を安易に開けてしまうのは、ここが最愛の人のマンションだからに違いない。
未亜は邪念を振り払うように首を左右に激しく振ってレトルトカレーを食品棚から取り出した。
窓の外を見ると日が西に傾き、少しずつ空が暮色に染められていく。
リモコンでカーテンを閉め、部屋の明かりをつけた。ほどなくして五条が帰宅した。