第5章 恋情と嘘
前来た時とダイニングテーブルや10人がけソファーの位置など変わってはいなかった。
リビングに新しく敷かれたフロアラグは見たことがなかったが日本古来の和風なデザインなのに洋室のリビングとぴったりマッチしている。
やたら派手な象の置物、 彫刻を施したなまはげみたいな木製の人形、エヴァンゲリオンの初号機プラモ、統一感のないこれらの小物が、小窓に置かれていた以外は、4年半前とそれほど変わっていない気がして未亜はなんだか懐かしく感じた。
レースカーテンが開かれたままの状態になっていた大きな窓の外は、広がる都会の美しい景色を映し出していた。
黒い樹木のようなビル群、その上には瞬く赤色灯、移動する無数のテイルランプ。
4年半前もここから眺める夜景は美しかったなぁ、そんな感傷が押し寄せ、パノラマに心が奪われてしまう。
ふと背後に気配を感じ、夜景からガラス窓そのものに焦点を合わせると、そこには反射して室内を映し出している五条の姿があった。
自分より30センチ以上あるであろうその上背で後ろから抱きしめてくれたなら……。
心の中にほんの一瞬、こんな感情が芽生えてしまった。
未亜は心のはるか奥底に何重にもカギをかけて頑丈に閉じ込めている「特別な感情」の箱が、いとも簡単に開かれてしまう危惧感を感じた。
今、絶対にこれに触れてはいけない。
恋人としてここに来たわけではない。五条の敵としてよりその感情を確固たるものにするためについてきたのに、何てことを思ってしまったのだろう……。
一生消えることのないこの「特別な感情」は未亜にとってものすごく厄介で、でもふとぬくもりを感じる温かい陽の光のようなものだった。
五条は背後からゆっくり未亜に近づいたが、未亜を抱きしめるわけもなく、そのまま彼女を素通りして窓に向かった。
手に持っていたリモコンでピッと上部にあるカーテンレールのセンサーに信号を送るとシャーとダマスク柄の黒カーテンが窓を覆う。
五条は振り返ると「飯、何でもいいよな」とたずね、未亜が頷くと、冷蔵庫から冷凍ピザを出してきた。
手作りの温かみはない。考えても仕方がないが4年半前に当たり前に過ごしていた2人の時間がどれだけ幸せなことだったかを痛感する。