第5章 恋情と嘘
聞いた瞬間、目の奥からじわりと涙がにじみでそうになったが、必死でおさえた。五条を見ると、サングラス越しだが視線は未亜からそれているのはわかる。
「この間の件だよね。ごめん、油断してた。迷惑かけた。つい顔見知りの人だったから……」
「だったからなんだよ」
「……ためらった」
「ためらった? お前、あのとき俺が守ってくれると思っただろ? 自分は何もしなくても俺がやってくれるって。そういうのを弱ぇーっていうの」
未亜はぐっと息を飲み込んだ。涙がこぼれそうになるが五条の前では絶対に泣きたくない。泣いたら終わりのような気がする。
五条はどんな時でも涙は見せない人だった。夏油がいなくなったあの日も。夏油と再会して救えなかったあの日でさえも。
五条の言っていることは間違っていない。未亜は心のどこかで五条に頼っていた。
もしあの時助けにきたのが別の呪術師ならどうしてただろうか? 迷いためらいながらも術式を発動していたんじゃないだろうか? そう思うと何も言えなかった。
「どんなに強い味方がいても死ぬときはひとり……俺は未亜を守れないし未亜も頼るな。付き合ってたらまた甘えるだろ? ……そういうことだから、じゃ」
五条が立ち去り、完全に五条の気配が感じられなくなると心の中がこれでもかってほどズタズタになった。
もし心が1枚の鏡でできているならそれらがすべて粉々に割れ砕かれたような鋭い痛み。
でもなんでだろう、すごく辛いのに、居ても立っても居られないのに、さっきまであんなに泣きたくてこらえていた涙は1滴も出てこなかった。
五条のことは好きだったけど、呪術師としての自分が最強にふさわしくない気がして、五条の迷惑になる気がして、これでよかったんだ、これで楽になれる、そんな風に思う自分もいた。
未亜は別れを決断した。