第5章 恋情と嘘
未亜は五条に向かって思い出の腕時計を投げつけた。長い間ずっと共に時を刻み続けてきた刻盤。
五条家の玉石。五条は胸の前方でそれをキャッチすると腕時計を見てぎゅっとそれを握りしめた。
◇
ビビってる……。
これは、あの時の事を言ってるんだよね。
時計を悟に返すことで、この思い出ともお別れだ。思い出なんてそんな綺麗なもんじゃない。
思い出したくなくてずっと封印してた9年前の別れ。
でも、もうここから逃げるつもりもない。自分の気持ちに整理をつけなきゃ悟とお別れすることなんか出来ない。
未亜には本当の意味で五条とのお別れの時が近づいていた。
高専1年の冬から五条と付き合いだして、それから嫉妬したり喧嘩したり口きかなくなったり、いろいろあったけど五条と未亜は交際をやめることはなかった。
それはやっぱりお互い好きだったからで、その気持ちは当時、若いながらも確固たるものがあったと思う。
――別れは突然訪れた。
高専4年の晩夏。
未亜は呪詛師に命を狙われた。別に珍しいことではない。冷静に対処して呪霊と同じように葬るだけだ。
呪詛師はもはや人にとってただの害悪。呪いを悪用して災いをなすという意味では呪霊となんら変わらない存在。
実際、高専に入ってから何人もおぞましい呪詛師を葬ってきた。
呪詛師を殺ることに嫌悪感があったわけではない。だが、今回の呪詛師は違った。完全に未亜の顔見知りだったのだ。
――小さい頃から一緒に遊んでくれてた匡(まさ)兄ちゃん。
匡兄ちゃんは一条家に出入りしている一条家御用達の反物屋の息子さんで、未亜より5つ年上だった。
反物屋のおじちゃんが反転術式で傷口を治療するのに効果的な特殊な綿麻や糸を定期的に運んできてくれるのだが話がとても長い。
未亜が飽き飽きしていると決まってその匡兄ちゃんが遊んでくれた。縄跳びしたりかけっこしたりお絵描きしたり見たことないコマを回してくれたり。
高専に入学してからは会う機会はほとんどなかったが4年になってから一度実家で「あと1年で卒業だね」と顔を合わせた。