第4章 交錯
「馬鹿みたい…… 」
一筋の涙が頬を伝った。こんな場所で大泣きするわけにはいかない。たまった涙がこぼれないよう空を見上げてぐっと目を開いた。
映画館で見たあの女性とずっとつながっていたことは未亜の心に思った以上の衝撃を与えた。彼女は五条家のお見合い相手だったのか、と愕然として体が震える。きっと何年も前から決まっていたことに違いない。私が映画館で見たあの日から。
何度も連絡してきたのも五条にとってはただの仕事。笑って、ふざけて、時々、私を優しい目で見ているような気がしてた。全部私の勘違い……。
4年前の話を出してきて、後悔してるって言ったよね? あの辛そうな顔は何だったの?
私は何? からわかれてる? 遊ばれてる? ううん、遊ばれてるならまだましだ。遊ばれる関係にすらなってない。五条にとってきっと私はただの暇つぶし。
あまりに悲しくて未亜は自分が笑えてきた。
もし、あの女性と明日結婚することになったとしても何も咎める権利はない。付き合っていた頃のように、あのキスは何? と問い詰めることも出来ない。
ほんとにただのちっぽけな存在。
空を見上げていた顔から喉元まで涙が伝ってくる。止めようと思えば思うほど、まだ足りないと溢れてくる。
ぼやけた視界の片隅に、ふとタワマンの最上階が目に映る。あんなに高いところだったっけ?
今頃2人はあの大きな窓から夜景を眺めているのかな? 綺麗だねって言いながら、クスクス笑い合いながら。
私が眠ったあの寝室で、甘い言葉を囁きあっているのかな? 好きだよって言いながら、将来の話をしながら。涙を止めようと見上げた空は無情にも未亜を苦しめた。
――今度こそふっきろう、五条悟を忘れよう。初めて未亜は決意した。
自分が想っている人はそもそも普通の人じゃない。人並み外れたルックスを持ち合わせた最強の呪術師であり、若い世代の術師を育てる先生、そして一条家と因縁を持つ五条家の次期当主。
そのすべてを受け止めながら、実る確証のない五条への恋心を燃やし続けれるほどの燃料は、もう残ってはいなかった。
告白された時にポッと心に灯されてから、ずっとずっと消えなかった小さな炎。