第4章 交錯
――2013年10月下旬――
21時。楠本に言われた通り、五条のマンションにそーっと近寄る。駅に近いだけあって、人通りも多いので、付近でウロウロしていても別に変には思われそうにない。
30分ほど中庭からエントランスを往復したり止まってちらちら辺りを見てみたが、本人はおろか、五条に関係しそうな人は見かけない。
やっぱり杞憂に過ぎなかったな、未亜の表情が緩む。一連の動きはまるでコメディアンの一人芝居だ。
さあ、帰ろうとショルダーバッグをかけ直し、エントランスから中庭に足を踏み入れると、駐車場側の中庭の入り口からカップルらしき2人が近づいてくる影が見えた。
このマンションの中庭には、3つの入り口がある。ひとつは駅に続く方、ひとつは大通りに面する方、そして、もう一つは駐車場側だ。
未亜が今しがた帰ろうとしたのは大通りに面する方の入り口で、駐車場側の入り口のちょうど真向かいになっている。
エントランスから入り口に向かう際、右手の方に見えたのだ。慌てて、左の方に曲がり大通りの入り口側へと身を潜める。
前方から五条とワンピースを着た女性がこちらに近づいてくるのが見えた。
とっさに近くの木々の間に隠れた。その挙動にちらっと未亜を不審そうに見ていく人もいたが、距離が遠いため、おそらく五条とその女性は気づいてはいないだろう。
五条の手が彼女のウエストラインに回り、2人は身体を寄せ合った。先日、五条のマンションで腰を抱えられて、ひゃっ、となった自分に対し、彼女はその手に慣れているのか特段驚く様子もない。
中庭を照らす街灯のもとを通過するとその明かりで一瞬だけ2人の表情がぼんやり見える。嬉しそうに笑う彼女に五条も反応して笑ってる。
こちらに向かって真っ直ぐ歩いてきた2人はエントランスに向かって角を曲がった。
こんな尾行みたいなこと、と未亜は眉をひそめたが、気になって着いて行かずにはいられない。
気づかれないよう距離を取ってエントランス付近までやってきた。