第4章 交錯
「悟ぼっちゃまは、今、大切な時期でございます。先日お見合いをされておりまして、実はもう既に婚約が決まっております。まだ正式な手続きは踏んでおりませんが、家同士はすでにその準備に入っており、ご本人同士も今、心の通い合わせをされているところでございます。
嘘ではございません。もし信じられないというのでしたら、明日の夜、21時頃、悟ぼっちゃまのマンションの方に訪れてみてください。一見にしかず……でございますので」
話をしながら楠本は、開いた深紫の風呂敷を丁寧に包み直す。包み終わると五条家の家紋をこちらに見えるようにして、お納めくださいと押し渡してきた。
いらないと未亜も両手でそれを押し返す。何度かこのやり取りを繰り返すと、楠本は風呂敷を机の上に置いたまま席を立って歩き出した。
「これ、ほんとに、困ります」
背中を追いかける未亜の言葉など全く気にする様子もなく、楠本はさっと帰っていった。
途方に暮れて座敷に戻ると、未亜は、はぁとため息をついた。急に腰が抜けたかのようにぺたりと畳に座り込む。
今の話は本当なのかと頭が混乱した。
――お見合い? 婚約? 悟が?
そんな話を彼から聞いたことは一度もない。先日、マンションに訪れた時も、寝室は自分以外使わないと言っていた。
忙しい日々の中、空いた時間はほとんど自分に費やしているような気がしたし、実際頻繁に会っていた。
がしかし、正式に交際をしているわけでもない。
4年ぶりに再会して、しばらく一緒に時を過ごしていただけで、二人の関係は何か? と言われれば「元カレと元カノ。互いの家を行き来して一晩泊まっても何も起きないただの友人」だ。
◇
五条家と一条家――未亜は母親の言葉を思い出していた。
高専を卒業して2年ほど経った頃だろうか?
母親の一条琴が、急に五条家の話を持ち出してきた。どうやら未亜が成人するのを待っていたらしい。
琴は、未亜と五条が高専で交際しているのを知ると、「本当なの? それ?」と目を見開いて驚いたが、「まさかあなたが五条家の坊ちゃんとね……」と言ったきり、何も言わなかった。