第4章 交錯
五条は決して暇ではない。忙しいと数日間、連絡が途絶えることもあった。
呪術師が人出不足だという事情はよく知っていたので、忙しいとわかった時はこちらからも彼に連絡をしなかった。
高専の時に後見人になった禪院家の恵くんが、2年後に中学に上がるらしい。その準備に必要な物を買いに行ったりするのだろう。
お姉ちゃんと2人暮らしの恵くんの生活を五条はよく気にかけていた。今回はそれに加えて海外出張も重なった、と彼はLINEで伝えてきた。
そんな時、ひとりの人物が一条家を訪ねてきた。なんでも五条家に仕える使用人が旦那様から言伝を承ってきたとのこと。母親からその知らせを受けると急いで実家に戻った。
身なりを整え、座敷に向かうと、男性がひとり座っている。年の頃でいうと50代後半といったところだろうか。
楠本と名乗ったその男は、未亜を見ると「いつも悟ぼっちゃまがお世話になっております」と深々とお辞儀をする。
代々、五条家の側仕えをしているとのこと。そんな方が一体、私になんの用事だろうと首を傾げた。
「こちらこそいつも五条さんにはお世話になっております。あの、それでどのようなご用件でしょうか?」
「一条家の分際で五条家に近づくとは、なんと分不相応な! 恥を知れ」
いきなり楠本は、先ほどの穏やかな表情を一変させ、キッと未亜を睨みつけた。ドス黒いタールのような眼光に、肌がぞぞっと一気に粟立つ。楠本は続ける。
「どうぞご自身の身をお引き取りください。それが旦那様からの言伝でございます。もちろんただでとは言いません」
そう言って、机の下から出してきたのは、五条家の梅の家紋が入った深紫の風呂敷包だった。未亜はごくりと唾を飲み込んだ。
それがいったい何なのか、中身を確認しなくてもだいたいのことは想像出来る。テレビドラマなどでよく見かける、手切れ金というやつだ。
「ちょっと待ってください。あの、私は別に五条さんとは――」
風呂敷を開けようとする楠本の手を両手で覆うようにしてストップをかけた。だが、楠本という男は、こちらの言うことなどお構いなしといった様子でその風呂敷を解いていく。
見えてきたのは予想していた通りの大量の1万円札だった。