第3章 五条の後悔
一条未亜は、呪術界と別れを告げ、一般人と同じ生活をしていたが、呪力を失ったわけでも術式が使えなくなったわけでもない。
その実力は今も特級呪術師と変わらないようなレベルだった。五条が持ってきた書類を前にして、未亜は自分がどこまで話したかを必死に思い出す。
「そうそう、思い出した! あの日は会社の行事でキャンプ場に来ていて、そしたら今にも生まれそうな呪胎が空に浮かんでいたから、それに縛りを課したの。でもさ、周りに人がいたからすぐに解放して祓うことができなかったんだ」
「それで結局キャンプが終わる翌日まで餌付けしてたってわけ?」
「うん」
「その餌付けをすると4時間でどうなるんだっけ?」
「宿儺の指1本くらいの呪霊に成長する」
「24時間だと?」
「……宿儺の指6本、か、な」
「それを解放して君ひとりで祓ったの?――
僕たちが出る幕ないじゃーん。ちゃんと連絡してよね」
「ほっんとごめん、会社の人たちを避難させることに頭がいっぱいだったし、術師を待ってる間に呪霊が成長するのが怖かったから」
話を聞き終えた五条はいつものように考えこむような顔をした。じっと調査レポートを眺める。かと思うと今度はじっと未亜の顔を見つめる。
「もう、いいか、な?」
そう言って未亜は席を立った。なんとなくその雰囲気から逃げ出したかったのだ。それと、もう一つ、サーッという外の音が気になってリビングの窓へと向かった。
ダマスク柄の黒カーテンをほんの少しだけ開けて、ちらりと外をのぞくと、窓に細かい水の粒が見える。未亜は傘を持っていなかった。
ここから駅までは濡れなくて済むが、最寄りの駅から自宅までは徒歩8分ある。五条に傘を借りなきゃ、もうそろそろ帰ろう、未亜はカーテンを閉め直す。終電の時間も迫っていた。
「僕のせいだよね、呪術師辞めたの」
突然後ろから声がした。思いもよらぬその言葉に思わず体がビクッとする。
声のした方向に数ミリ首を動かすと、斜め後ろに五条の静かな気配を感じた。