第2章 元カレ
別に深い意味はなかった。勢いでそう口走ってしまっただけなのだ。肩に力をいれて外出しなくてもいいし、お財布のことも気にしなくていい。呪霊の話もできるし、それで調査レポートも書き上がれば一件落着、というただそれだけの理由だ。
五条も「じゃあその日は呪霊のレポート仕上げるか」と特段、気にする様子もなくやってきた。
まな板の上で、野菜をそれぞれの大きさに形どっていく。半月切りにしたニンジンに、それよりも少し厚く切ったじゃがいも、玉ねぎは4分の1にカットして薄くスライスする。
材料が揃ったところで未亜はそれらを鍋に入れ、適量の水を加えて火にかけた。ジーっとIHの火力が上がる音がする。沸騰すると火を弱め、固形コンソメをポチャ、ポチャンと2つ入れた。ニンジンやじゃがいもに火が通った頃合いを見計らって、キャベツとしめじを鍋に加える。
コトコトと具材を煮込んでいると、ほわほわと湯気が舞い上がり、コンソメのいい香りがたちこめてくる。同じ香りを吸って引き寄せられたのか、ソファーでテレビを見ていた五条がキッチンにやってきた。
「お、美味そうだねぇ。若奥さんって感じじゃん」
頭上からカウンターをのぞきこむ五条は、右に左にひょこひょこ顔を出してくる。正直、ちょっと五条が邪魔だった。
「あっち行ってて、……って、え! あ、ちょっとそれ! まだ食べないで」
「いいじゃん、どうせ僕が食べるんだから」
ハンバーグの付け合わせに作っておいたハッシュドポテトに手を伸ばし、五条がカリカリ食べている。
ソファーの方へ押し返そうと、背中をぎゅーっと押そうとしたが、無下限呪術を発動していて全くもって触れられない。
「ふざけてるし最低」と口を尖らせて、キッチンの方に向き直り、スープの鍋をかき混ぜた。
それはまるで、新婚夫婦の甘ったるい戯れのようだった。未亜はほんの少し自分の鼓動が速くなったのを感じたが、気のせいだと思うことにした。
今思えば、この時からどうかしていたのかもしれない。スープの仕上げに細切りベーコンを鍋に入れ、コンソメスープが完成した。
「いっただきまーす!」